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第七章(⑪)
「こちら側が、全面的に情報を提供するということですがーー向こう側 の情報は、こちらに提供されるんですか?」
アイダ准尉の言葉に、クリアウォーターは首を振った。
「いいや。聞いても、おいそれとは教えてくれんだろうな」
「それだと、ずい分と気前のいい取引きですね」
アイダの口元に、日ごろの皮肉っぽい笑みが浮かぶ。「あなたのことだ。何か考えがあってのことでしょう?」
クリアウォーターは微笑んだ。本当の目的を隠すために。
本当の目的は、捜査を担当する対敵諜報部隊 と、U機関を切り離すことだった。捜査の進捗状況を、第三者ーー特にU機関の人間ーーに知られないために。
クリアウォーターが打った最初の布石だ。
「対敵諜報部隊 は、現場に残された襲撃者たちの死体の身元を洗うところから始めるだろう。日本警察の協力を仰げば、おそらく数日以内に襲撃者たちの正体が明らかになる。死体からの襲撃者たちの特定は、彼らに任せればいい。私たちは、他の手がかりから事件を追う」
「というと?」
「ほかならぬ、この私自身だ」
クリアウォーターは指で自分を示した。
「――私たちの乗ったジープは襲撃を受けた時、襲撃者たちはこう言った。『赤毛の男だけは、必ず仕留めろ』と。この言葉は、私とカトウ軍曹の両方が聞いている。つまり奴らの狙いは、私の殺害だったということさ」
その場が水を打ったように、静まり返った。
「知っての通り。対敵諜報部隊 にいた時、私は民間に隠匿された大量の物資を押収した。そのせいで、少なからぬ日本人に恨みを買っている。彼らの中の誰かに逆恨みされてもおかしくはない」
「…確かに」
アイダが相づちを打つ。勘の働く男だ。すでに何をするか、予想できたようだ。
「ーーそうだ。これからまず、私が過去に携わった事件のファイルを引っ張りだし、逮捕した人間及び関係者を一人一人リストアップしてくれ。その中に、今回の襲撃を企図した人間がいる可能性は十分にある。この作業が報われるか否かは、まだ分からない。だが過程はどうあれーー最終的に襲撃者たちを逮捕できれば、亡くなったニッカー軍曹に少しは報いることができる。そのために、最善を尽くそうじゃないか」
「異議ナシ!」
真っ先にフェルミ伍長が手を上げた。
「やりましょう」「そうじゃ、敵討ちじゃ」という声が続く。
それぞれの言葉で、皆が同意を示した。
クリアウォーターは微笑む。
笑顔の裏側で、心の中をかきむしられながら。
ーーああ、まったく何ということだ。
こんなに素晴らしい男たちを疑うなど、正気の沙汰ではない。
しかし彼らの内に、確実に裏切り者がいることをクリアウォーターはすでに知っていた。
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