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第七章(⑭)
『この部屋は盗聴されている可能性がある、と先ほど書かれましたが……』
サンダースは几帳面な字をクリアウォーターに示す。
『盗聴器の有無を確認しますか?』
『いいや。調べない方がいい』
『?』
『盗聴器が見つかった場合、当然、我々は仕かけた人間を調べ、内部の人間に疑いの目を向
ける。そうなったら裏切り者は警戒して、より巧妙に――あるいは危険になりかねない』
『…なるほど』
『今、いちばん必要なのは、彼を安心させてやることだ。その人物は、私が死なずにひょこ
ひょこ戻って来たことに、相当のストレスを感じているはずだ。彼を刺激しないために、私
と君はバカを演じる必要がある。何も気づいていない愚か者を』
クリアウォーターは改めて、サンダースを除く部下たち全員の名前を紙に書きつけた。
ケンゾウ・ニイガタ少尉(日本名:新潟憲三)。
リチャード・ヒロユキ・アイダ准尉(日本名:会田宏之)。
サムエル・ニッカー軍曹(死亡)。
ジョン・ヤコブソン軍曹(入院中)。
マックス・カジロ―・ササキ軍曹(日本名:佐々木夏次郎)。
ジョージ・アキラ・カトウ軍曹(日本名:加藤明)。
トノーニ・ジュゼベ・ルシアーノ・フェルミ伍長。
サンダースは名前のリストを見て、眼鏡の奥の目を細めた。
『ニッカーやヤコブソン、カトウはあなたと共に襲撃を受けた人間ですが。それでも調べま
すか?』
『ああ。内通者を殺すのは悪手 だが、可能性がまったくゼロとは言えない』
クリアウォーターはほろ苦い顔になる。
瀕死のニッカーの傷口を必死で押さえ続けたヤコブソン。
自分を捨て石にして、クリアウォーターたちが逃げる時間をかせごうとしたカトウ。
彼らが裏切り者だとは到底、思えない。しかし、これは必要な手順だった。
ーーすべての者を調査する。彼らの潔白を証明するために。
サンダースはうなずいてから、少し眉をひそめた。
『カトウにはすでに、護衛の役を振っていますが。そちらは、いかがいたしましょう?』
『続けさせろ』クリアウォーターは記した。
『内部の者を疑っている可能性を、ほかの誰にも気づかせるわけにはいかない。特にジョー
ジ・アキラ・カトウ軍曹には』
『?』
『意外かもしれないけどね。彼は結構、すぐ顔に出るタイプだ』
サンダースは、病院での一幕を思い浮かべた。
クリアウォーターとの関係を指摘した時のカトウの反応は、確かにどんなに鈍感な者でも
取り違えようのないものだった。
『最初に、全員の金銭状況から調べる。金 は一番、強力な動機になりうるからね』
それから、とクリアウォーターは書きつける。
『ことカトウに関して。私の目は鏡のようにとはいかない。すまないが、君に調査を一任す
る』
サンダースはうなずいて、短く書きつけた。
『イエス・サー』
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