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第九章(⑦)
「それで。岩下拓男 の逮捕の一件は、爆殺未遂事件とどう関与していたか、結論は出ましたか?」
「そうだね。岩下は単に利用されただけだ、と今は考えている」
「利用?」
「私は当初、岩下の口から何らかの情報が漏れることを恐れた人間が、私を殺そうとしたのかと思った。でも少し考えたら、これはおかしいと分かる。仮に私が死んだとしても、別の人間が尋問を行えば、それまでだ」
「…確かに」
「そして、むしろこの場合、口を塞ぐべきターゲットとして狙うべきは岩下拓男になるはずだ。警備のかたい警察署を爆薬で吹き飛ばすことは、走行中のアメリカ軍のジープを狙うより大変かもしれないが、不可能ではない。でも鎌倉警察署は、いまだにこの地上に存在している。となると――」
「岩下の逮捕は、あなたが東京を離れる機会として、利用されただけだと?」
「ああ。この裏切り者は、なかなかに用心深いよ。私が不審な死に方をした場合、部下である自分が疑惑の目を向けられる圏内にいることを十二分に承知している。だが、もしもU機関から遠く離れた場所で、日本人のしかけた爆弾テロによって私が死んだのなら? 残された者は、その襲撃者たちの行方を躍起になって追いかけるに違いない。ひょっとすると、『敵討ち』と称して、その捜査に何食わぬ顔で参加することくらい、していたかもしれないね」
ところが、さまざまな偶然が重なって、裏切り者の思惑を狂わせることになった。
――もしも、襲撃者たちが爆弾を投げつけるのが、あと二秒遅ければ。
――もしも、運転手役のニッカーが、絶妙なハンドルさばきでジープを操らなければ。
――もしも、前線経験豊富なカトウが、出発前にトミー・ガンを掃除することを思いついていなければ。
誰かの筋書通り、クリアウォーターは部下たちともども殺されて、撃てないよう細工のほどこされたガーランド銃やトミー・ガンは、証拠隠滅させられていただろう。
「裏切り者は、岩下の逮捕という偶発的な出来事にとびついた。裏をかえせば、それくらいに、彼には時間がなかったんじゃないかな。早急に、私を消さなければ、自分の身に危険がせまるという考えに取りつかれていた――」
「……筋は通っています」
「だとすると、注目すべきことは何になる?――」
クリアウォーターとサンダースは、一瞬視線を見交わす。それから同時に言った。
「「貝原靖 が殺害された事件」」
クリアウォーターは軽くうなずいた。
「情報屋の貝原は、私の命令を受けて動いていた。その過程でつかんだ情報が、裏切り者にとって、致命的なことがらだった。だからまず、貝原を殺して口を封じた。『ヨロギ』という旧日本軍のスパイを使ってね。そして、私が貝原のつかんだことがらに気づく前に、始末しようと考えた」
「…そこまでいくと、憶測の行き過ぎかもしれませんが。貝原殺害の一件を、洗い直すことは悪くないかと思います」
「そうだね。今日の午後にすることは、これで決まりだ」
「そういえば、私が出張している間、逃げた襲撃者たちの調査について、何か進展はありましたか?」
「ソコワスキー少佐たちは最善を尽くしている。だけど、いまだに見つかっていない。死体の方からも手配書を作成したが、有力な情報は得られていないようだ。フェルミ伍長がヤコブソン軍曹の証言をもとに作成した、『首から下』の似顔絵も渡したけど、あまり役に立っていないみたいだね」
クリアウォーターはため息をついた。
「せめて、逃げた連中の顔がはっきりすれば、いい手がかりになるんだろうけどね」
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