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第九章(⑬)
カトウの表情で察したのか、フェルミはわざわざ説明し出した。
「えっとね。ぼくのいた大隊は、ニューギニアにいたんだ。そこでラエってところを目指して進軍してた。ぼくね、十一人の分隊の仲間といつも一緒にいたんだ。あの日も…歩いてたら、いきなり攻撃が始まった。分隊長だったマーカス・トムソンは命令を伝えるために、みんなを集めた。でもそこに、ドッカーンって――」
間の抜けた擬音が、何を意味するか。カトウは聞かずとも分かった。
フェルミに最初に会った時に、サンダースから聞かされていたことだ。フェルミの属した分隊は、日本軍の撃ちこんだ迫撃砲弾が直撃して、一瞬で全滅したのだ。
フェルミひとりをのぞいて――。
「――で、目が覚めたら病院でさ。ぼく、ひとりになってたんだ」
あまりに何気ない口調だったので、カトウはあやうく聞き流すところだった。
「みんな、ぼくに黙ってどこかに行っちゃったんだよ。ひどいよね」
「……? いや。お前、何言って……」
生き残ったのは、フェルミただ一人で――。
フェルミはカトウの言葉が聞こえなかったように続けた。
「みんな、勝手にどっか行っちゃったからさ。ぼく、みんなを探しに行こうとしたんだよ。病院を抜け出して。そのせいで、すごく怒られたんだよね」
「………」話がよく理解できない。
――分隊は全滅した。フェルミひとりを除いて――
――みんな、ぼくに黙ってどこかへ行っちゃった――
突然、カトウは理解した。そして、愕然となった。
――まさか。こいつ、分かってないのか!?
一緒にいた仲間たちが、全員死んだということを。
二度と戻ってくることなどないことを。
「――でね、ダンに言われたんだ」フェルミは言った。
「『私を置いて、どこかに勝手にいかないでくれ。悲しくなる』って。その気持ち、すごく分かったから。探しに行くの、やめて待つことにしたんだよ」
フェルミは「にへっ」と笑い崩れた。
「大丈夫だよ。ちゃんと覚えているんだよ、これでも。ジャック・グレヴィルのことも、ロバート・A・ステイプルトンのことも、ケヴィン・バーンズのことも……」
フェルミは十一人の名前をすらすらと挙げた。
すでにこの世にいないはずの男たちの名前を。
きっと、何人、何十人という人間が、フェルミに理解させようとしたはずだ。
――君の分隊の仲間は、全員死んだ――
だが、顔の半分と一緒に常人の心も失ったフェルミはその事実を受け入れなかったらしい。
「みんなが帰って来るの、ちゃんと待ってる。そのために、軍隊 に残ったんだから」
言うべきことを見いだせぬまま、カトウはフェルミを見つめた。
カトウの眼から見れば、フェルミは明らかに狂気にとらわれている。
それでも――それが原因で、不幸に陥っているようには見えなかった。
幻想を信じることで、フェルミがたとえ何年かでも心安らかに生きていけるなら。
どうして、それを壊す必要があるだろうか。
少なくともカトウには。この男の幻想を壊して、心の平安を奪う気になれなかった。
「……なあ、トノーニ・ジョセフ…」
「トノーニ・ジュゼベ・ルシアーノ・フェルミだって。いいかげんに、覚えてよね…」
「…パン。もう一個、食べるか?」
「えっ、いいの? やったー」
たちまち、フェルミは機嫌を直した。
結局、四つあったパンの内、カトウの腹に入ったのはひとつだけだった。
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