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第十章(①)

 翌日、夕方近くになってカトウとフェルミは東京にもどってきた。駅舎を出てすぐのところで、スティーヴ・サンダース中尉が二人を出迎える。  ジープに乗りこむと、カトウたちはそのまま荻窪のU機関まで直行した。 「――見事な出来栄えだ」  フェルミの作成した三人分の似顔絵に、クリアウォーターは賞賛を惜しまなかった。相好を崩す赤毛の少佐の顔を、フェルミの後ろからカトウはそっとうかがった。 ――もう一回、ダンからの告白のこと、よく考えてあげて。   彼は、本当に君にぞっこんなんだから――  昨日、風呂から上がった後も、フェルミは寝るまでの間に、布団の中からカトウにしつこく話しかけてきた。 「ダンにも、欠点はいろいろあるよ。でも、いいところはその十倍くらいあるからさ」 「……でも、あの(ひと)には、恋人いるんだろ?」 「昔はね。カール・ニースケンスって中佐とつきあってたって。でも別れちゃったんだ。カール・ニースケンスが女の人と婚約しちゃったから。ダンはそれで、すごくへこんだ。その後は……ぼくはよく知らないや。だけど今、恋人いないはずだよ」 「……サンダース中尉やアイダ准尉のことも口説いてたって、本人たちが言ってたけど」 「それはね、いっぱいあるダンの欠点のひとつ。冗談半分でいろんな男を誘ったり、変な冗談言って怒らせたりしちゃうんだ」  「首から下は完璧」とうっかり言ったがために、セルゲイ・ソコワスキーなる少佐を怒らせたというエピソードを、カトウは思い出した。 「――ああ見えて、寂しがり屋なんだ」フェルミはつぶやく。 「でも、あんまりそう思われたくないから。いつも笑ってごまかしちゃう。それも悪いところだよ」  そういう一夜が明けた今も、クリアウォーターに対するカトウの気持ちは、混迷を極めていた。もう一回、考えろとは言われたが。自分の方から断ち切ってしまった糸を、どうすれば再び結び直すことができるのか、皆目見当がつかない。  そもそも、結び直したいのかさえ分からない。  クリアウォーターの前にいると、変に気持ちが不安定になる。でも、それがクリアウォーターに対する好意や……まして愛情によるものなんて、カトウには思えない。  そんなふうに考えたくはなかった。  本当に愛した人は、これまでも、これからも、ハリー・トオル・ミナモリただひとり。  そうでなければいけないはずだったーー。 ―――――    カトウたちが退室したあと、クリアウォーターはひとりため息をついた。  金曜日の最悪の時間以来、三日ぶりにカトウと再会した。礼儀正しさの鎧をまとって、カトウは最低限のことだけ話すと、あとはずっとフェルミの背後で口を閉ざしていた。時々、クリアウォーターの方を見ていたようだが、自分に対して気があるからと思うほど、クリアウォーターも色ぼけはしていない。単に、警戒されているだけだ。無視されないだけ、ましだと思うべきだろう。 ーー未練がましいと、分かってはいるんだ。  それでも――まだ少しも、カトウのことを諦めきれる気がしなかった。  クリアウォーターは室内の受話器を取ってある電話番号をダイヤルした。それから十五分後、仕度を整えたクリアウォーターは、サンダースを呼んで出かけて行った。

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