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第十章(②)

 クリアウォーターが向かった先は参謀第二部(G2)の置かれた旧日本郵船ビルだった。  爆殺未遂事件の捜査を指揮するセルゲイ・ソコワスキー少佐は、電話をかけてきたクリアウォーターとその副官を、四階にある自分のオフィスに迎え入れた。これは、クリアウォーターにとって、少々意外なことだった。多忙をきわめる上に、元々クリアウォーターを毛嫌いしているソコワスキーのことだから、てっきり誰かをよこして用件を済ますものと思っていたからだ。 「…悪くないな」  フェルミの作成した三枚の似顔絵を受け取って、ソコワスキーはそう評価した。これは彼の中では最大級の賞賛である。 「幸い、私は部下にはめぐまれているんだ」クリアウォーターはさらりと返した。 「その彼らが自分の頭を使って、出してきてくれた成果だ。うまく活用してほしいね」   ソコワスキーは、複製を作成させるために似顔絵を担当部署に持って行った。  戻って来た後、クリアウォーターはたずねた。 「ところで、捜査の方はどうなんだい?」  まるで明日の天気でも聞くような気軽な口調だ。事実、聞いたのはあいさつのようなもので、返事は期待していなかった。だから、 「――そのことで、ちょうど貴官に話があった」  ソコワスキーがそう切り出してきたのには、クリアウォーターもサンダースも驚いた。  ソコワスキーは半白の頭を揺らし、二人の対面の椅子に腰かけた。 「例の麻薬売人。岩下拓男が証言していた増田という男のことだ」 「関東軍が所有する十トンの生阿片(しょうあへん)を、着服しようと計画したという男だね」 「そいつの身元が割れた」 「…! それはすごいな。ずいぶん、仕事が早いじゃないか」  赤毛の少佐の賛辞に、半白の髪の少佐は「ふん」と鼻をならした。 「どちらかと言えば、幸運が働いた結果だ。貴官も知っての通り、岩下拓男は大連(だいれん)にいた頃、S通商と取引があった。S通商は商社と名乗っていたが、実態は旧日本陸軍の下請けをする特務機関だ。関東軍の重要な資金源である阿片の売買を請け負うかたわら、軍需産業に必要な貴金属の輸入も行っていた。当然、そこに属していた連中には、叩けばほこりが山と出る所業に手を染めていた輩もいて、そいつらは参謀第二部(G2)の捜査対象になった」 「なるほど。君は以前、舞鶴に配属されていたね。舞鶴港は、博多港や仙崎港と並んで、大陸からの引き揚げ者が多数、上陸した場所だったから。彼らの中に紛れていたS通商の元社員を見つけて、君が直々に尋問したというわけか」 「その通り。まあ、八割方は『シロ』で、たいしたおとがめもなく解放した。だが、中には『クロ』と関係を持つ、うさんくさい『灰色』の連中もいた。腹立たしいが、そういう連中は情報源として使える。その内、埼玉に住んでいる男を呼び出して、話を聞いた。そしたらーーそいつはS通商の同僚の中に、岩下の証言した『増田』らしい男がいたと言ってきた」

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