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第十章(③)
ソコワスキーが尋問したS通商の元社員は、戦前、日本にいる家族のもとに時々、写真を送っていた。何人かで撮った写真の中に、彼の同僚である増田豊吉 の姿も写っていた。
その写真を手に入れると、ソコワスキーは拘留中の岩下のところへ向かった。
「この中に、増田という男は写っているか?」
灯りの下で、岩下は渡された写真に写ったひとりひとりの顔をなめるように眺めた。
その目が、ある男の顔で止まった。
「この男。あいつに、よく似ている……いや。多分、こいつで間違いない」
岩下が指さした男は他でもない。増田豊吉であった。
「――それで。増田豊吉の居所は、もうつかんだのかい?」
はやる心を抑え、クリアウォーターはたずねる。
ソコワスキーは、青灰色の目を向けた。
「その男を尋問したいか? ――あいにくだな。俺も、貴官も、もう奴から話を聞くことはできない」
不吉な予感が、クリアウォーターの頭をかすめる。それはすぐに現実の形をとった。
「増田豊吉は一九四五年十月、潜伏していた八王子の借家付近で殺害されていた」
「…なんと」さすがのクリアウォーターも、うめくしかなかった。
ソコワスキーは憮然とした口調で言った。
「この男が、対敵諜報部隊 の要注意人物リストに載らなかったのも、無理はない。日本で本格的に活動する前に、死んでいたんだから」
「捜査の時点で、誰も彼の身元には注意しなかったのかい?」
「死体からは財布が抜き取られていた。だから日本の警察は、抵抗された物盗りが逆上した末の強盗殺人として処理した。ちなみに一年半たった今も、犯人は見つかっていない」
ソコワスキーは立ち上がると、自分の机の上から薄いファイルを持って来て、クリアウォーターの前に突きだした。
「警視庁に提出させた捜査資料のコピーだ。今、翻訳させているところだが、貴官は日本語が読めるだろう? 一番上に司法解剖の結果がある」
読めということだ。クリアウォーターはソコワスキーの意図を計りかねたが、とにかく言われた通りに目を通し始める。
読み進める内に、驚愕がクリアウォーターの胸の内に広がっていった。
――死因:刺殺。 刺傷箇所:一ヶ所のみ。背中の側から刺され、傷は肋骨のすき間を通って心臓に達していた。刃幅二センチほどの、極めて鋭利な刃物によるものと推測され……――
要するに、背後から心臓を一突きにされたということだ。
「……貴官が使っていた貝原 という情報屋。その男も、同じような手口で殺されたそうじゃないか」
ソコワスキーは煙草を取り出した。当然のように、自分の分を抜いただけで、そのまま火をつける。
「まだ同一人物の犯行と決まったわけではないが、こんな物騒な殺しの技術の持ち主が、そうそういるとも思えない。だとすれば――こいつは危険だ。二人殺した奴は、三人目や四人目もためらわなくなる」
「……二人じゃなくて、多分四人だよ」
クリアウォーターが訂正する。ソコワスキーは眉をひそめ、その意味するところを知って、顔をこわばらせた。それから、まるでクリアウォーターこそがその殺人狂だと言い出しかねないような目で、にらみつけてきた。
クリアウォーターは、静かにその視線を受け止めた。ソコワスキーがいく分落ち着いたところで、ようやく話を切り出した。
大戦中に暗躍した日本軍のスパイ。
オーストラリアのブリスベンで二人のアメリカ陸軍の軍人を、そしてこの東京で貝原靖を殺害した『ヨロギ』のことを。
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