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第十章(⑨)

若海(わかみ)組は知っているよな」  (モー)の言葉に、クリアウォーターはうなずいた。 「君たちの商売敵だろう」  若海組は都内の上野、有楽町を中心に裏社会で勢力を張る日本人ヤクザの集団である。莫の白蓮帮(パイリェンパン)と同じく、都内のヤミ市を牛耳って、みかじめ料を吸い上げていた。その頭目の若海義竜(わかみよしたつ)は満洲帰りだといい、命知らずな逸話に事欠かない男である。当然のごとく、対敵諜報部隊(CIC)の要注意人物のリストに載せられていた。  そして彼が率いる若海組は、莫後退の白蓮帮との間でこれまでいく度か小競り合いを演じていた。死人こそ出ていないが、有楽町と新橋で両勢力は接している。その近辺はアーニー・パイル劇場をはじめ、占領軍の接収した建物が多く、当然のように占領軍のMPの比率も都内の他所に比べて多い。どちらの反社会集団も、占領軍と正面から事をかまえる無謀さはない。ゆえに、これまでこの地域における全面的な衝突は避けられてきた。  そう、。クリアウォーターは目をかすかに細め、莫を見た。 「この三人は、若海組の人間かい?」 「そうだ」莫はうなずき、三人の名前をすらすらと上げた。 「もっとも、その名前が本名かどうかは知らんがな」 「かまわないよ。所属と名前さえ分かれば、あとは写真を入手して指名手配するまでだ」 「そうかい…で、こいつらは何をしたんだ?」  莫の声に、好奇心がにじんだ。 「つい数日前に、五人分の似顔絵が、白蓮帮にまでまわってきた。その時も若海組の連中に似た面のやつを見つけたが、確信は持てなかった。昨日きたこの絵を見て、確信したんだが……お前たちGHQがここまで血眼になって探す理由はなんだ?」  クリアウォーターは一瞬迷ったが、真実の一部を明かすことにした。この三人が逮捕されれば、いずれ知れ渡ることだ。 「アメリカの軍人四人が乗ったジープに爆弾を投げつけて、銃弾を浴びせた」  聞いた莫はヒュウと短く息を吐いた。 「そいつはまた――トチ狂った真似をしたもんだ。誰か死んだか?」 「…ああ。本当に残念だが、一人亡くなった」 「なるほど」莫は肉の厚い手で、首の裏側をぼりぼりかいた。  そしてさりげない口調で言った。 「死んだやつは、お前と親しかったのか?」  言い当てられたクリアウォーターは、素直に驚いた。だが、強固な微笑の仮面にはヒビひとつ入らなかった。 「だとしたら、君はものすごい偶然を引き当てたことになるね。どうして、そう思った?」 「目が光った」莫は言った。 「ああいうのは、友だちのような親しい人間を亡くした時の光り方だ」  クリアウォーターは口元をつり上げて、肯定も否定もしなかった。  莫は一個人としては面白い男だが、全幅の信頼を寄せるにはちょっと危険すぎる。それに今はこうして茶をはさんで歓談しているものの――それが見せかけに過ぎないことは、お互いに百も承知している。  将来、クリアウォーターが彼の肉の厚い手に手錠をかける日が来るかもしれないのだ。  たとえば、彼の組織が麻薬の売買を仕切るような日が来れば――。

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