151 / 264

第十章(⑭)

 クリアウォーターとサンダースにつき従う形で、カトウもまたこの場に居合わせていた。急変する事態に、まだ頭が完全に追いついていない。ただ、はっきりしているのは――クリアウォーターが今回の急務を完遂するまで、自分もまた解放されそうにないということだった。 「悪いが、カトウ軍曹。もうしばらく、仕事につき合ってくれ」  道中クリアウォーターにそう告げられた時、カトウは落胆するどころか、気分が妙に高揚した。そのことに自分自身で驚いた。クリアウォーターにまだ必要とされている――たとえそれが、仕事上のことに過ぎないとしても、うれしい気持ちに偽りはなかった。  赤毛の上司のかたわらで、カトウは屋敷の見取り図を眺めた。  クリアウォーターとソコワスキーが立てた作戦は、実戦経験豊富なカトウの目から見ても、なかなかに手堅いものに見えた。用意される兵力と火力は十分だ。それらは、合計八台のトラックに隠され、屋敷から一キロほど離れた地点でバラバラに待機する。  作戦開始時刻に、目標ポイントに一気に結集。不意をついて、出入口を封鎖した上で屋敷内の各部をひとつひとつ確実に制圧していく。相手の不意をつき、反撃する時間を与えないという点で、まず理想的と言えた。  しかし……。 「――どうにも不安が残るという顔だね」  不意にクリアウォーターに話しかけられ、カトウは飛び上がった。しゃちこばる部下の様子に、クリアウォーターは短く笑った。 「何か問題点を見つけたなら、今の内にぜひ教えてくれ。何といっても、実戦の場数で言えば君の方が多分、上だからね」  二人の陸軍少佐が立てた作戦案に口出しするなど、出過ぎた真似と言われかねない。カトウは一瞬、迷った。だが、思い直す。  ――言わなくて後悔する結果を招くより、この場で叱られた方がまだましだ。 「…俺が若海組の人間なら。襲撃に気づいた時点で、侵入者を狙撃しやすいポイントに移動します」  机に広げられた見取り図を、カトウは指さした。 「二階部分の窓。それから、この倉庫の上。狙撃から逃れるには、死角になる建物内を移動するか、あるいは……」  そこでカトウは部屋が妙に静まり返っていることに気づいた。顔を上げると、クリアウォーターだけでなく、室内に居合わせた全員が意外そうな顔でカトウの方を見ていた。 「どうやら君を連れてきて、正解だったようだ」  クリアウォーターは笑って、ぽんとカトウの肩を軽くたたいた。  褒められたはずなのだが、カトウは真っ赤になって、うつむくばかりであった。  …この時、恥じ入るカトウを注意深く見つめる目が、複数存在した。  カトウ本人は、知るよしもない。  実は、密かに見張られていたのである。 ーーーーー ――数時間前。莫後退(モー・ホウドゥエイ)のビル。  カトウを先にジープに向かわせた後、サンダースはクリアウォーターを呼び止めた。 「参謀第二部(G2)にカトウも同行させる気ですか?」 「ああ、そうだよ」 「…危険では? もしもカトウが裏切り者だった場合、情報が若海組に伝わることになります」  サンダースの懸念に、クリアウォーターはうなずく。クリアウォーターもそのことには気づいている。気づいたうえで、彼の考えはさらに辛辣であった。 「もしもカトウが内通者なら。この状況で手をこまねいてはいられない。入手した情報を若海組に伝えるために、必ず行動を起こすはずだ」  サンダースはクリアウォーターの意図を悟り、眼鏡の奥の目を細めた。 「……それを見きわめるために。あえてカトウを連れて行くと?」 「うん。ただし事情が事情だからね。ソコワスキー少佐には、この機会にこちらの置かれている状況をきちんと説明しておくよ」  こうして、カトウは本人の知らぬところで、監視されることになったのである。  

ともだちにシェアしよう!