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第十章(⑰)

 押収された生阿片は、兵士たちの手でトラックに積まれた後、証拠品として参謀第二部(G2)へと運ばれていった。到着後は、すみやかに化学分析が行われる予定だ。その結果は、先日、岩下拓男から押収した生阿片の成分と比較されるはずである。  走り去るトラックを見送って、カトウは軽く息を吐いた。拘束した若海組の構成員を移送する最後のトラックだった。屋敷内にいるのは、ついにアメリカ陸軍の兵士だけになった。これが戦地なら、「占領完了」の報告を野戦電話か伝令を使って報告しているところだ。  戦闘は終わった――そう思うと、カトウはむしょうに煙草が吸いたくなってきた。  クリアウォーターは先ほどから少し離れたところで、ソコワスキーと何やら話し込んでいた。サンダースもクリアウォーターの指示で電話をかけに行って、まだ戻って来ていない。  危急の際、二秒で駆けつけられる距離を保ったまま、カトウはラッキーストライクの箱を取り出した。一本くわえて火をつけようとしたところで、マッチが残り数本であることに気づく。なくなる前に新しいものをどこかで調達せねば。  最初の煙を口から吐いた時、クリアウォーターがこちらにやって来た。 「おつかれさま」 「…おつかれさまです」  カトウの声がかすれた。周りを見わたすと、半径五メートル以内に人はいない。もちろん、二人きりとは言いがたい状況だが――それでも、カトウは顔がほてってくるのを感じた。  この三日間で何かが変わったわけではない。莫後退のビルから若海の屋敷に至る何十時間は、拳銃を磨き、トミー・ガンの動作を確認し、想定される事態での動きをシュミレーションするのに費やされた。その合間は仮眠を取るばかりで、クリアウォーターとの関係をゆっくり見つめ直す余裕もなかった。  いや――白状すれば、忙しさを口実に考えるのを避けていたと言った方が真実に近かった。 ーー仕事に集中しろ。色恋沙汰にかかずらっている場合ではない……。  目前の仕事に一応めどがついた今、カトウはちっとも解決の糸口が見えない問題に再び正面から向き直らざるを得ない状況に戻ってきた。  カトウの気分が伝染したわけでもないだろうが。クリアウォーターの方も、部下をねぎらいに来たものの、どこか困っているように見えた。それでもカトウのそばに立つと、煙草をくわえ、ライターを取り出そうとポケットを探る。そこで、 「あっ。しまった」クリアウォーターはつぶやいた。 「さっき、ライターをサンダースに貸したまま、返してもらうのを忘れていた」  カトウは上司を見上げ、かすかに肩をすくめた。 「…火。差し上げましょうか?」  そう言って、自分が喫う煙草の火口をクリアウォーターに向けて、ほんの少し持ち上げた。  クリアウォーターはそれを見つめて、数回まばたきする。  それから大きな口に微笑というより苦笑と表現すべき笑みを刻んで、ゆっくりカトウの方にかがみこんだ。  クリアウォーターのくわえた煙草の先が、カトウが喫う煙草に触れる。夜空の六等星にも似た、微かで頼りない灯り。だが、クリアウォーターは正確な角度でそれをとらえた。  息を吸う。声もかけずに、カトウの呼吸を合わせて。ロウソクの火を分かつように、クリアウォーターの煙草の先端が淡く燃えあがった。

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