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第十一章(①)

 最終的にこのひと晩で拘束された若海(わかみ)組の構成員は、八十五名にのぼった。  彼らに対する尋問は翌日から開始されることになったが、なにぶん数が数である。参謀第二部(G2)のW将軍に作戦の成功と生阿片押収を報告したセルゲイ・ソコワスキー少佐は、その場で他部門からの応援人員の派遣を将軍に求めた。それが許可された結果、東京都内はもとより横浜・横須賀から日本語のできる日系二世たちが、かき集められたることになった。  その中には、U機関所属のケンゾウ・ニイガタ少尉、リチャード・ヒロユキ・アイダ准尉、マックス・カジロー・ササキ軍曹、そしてジョージ・アキラ・カトウ軍曹も含まれていた。  時を同じくしてソコワスキーはU機関のダニエル・クリアウォーター少佐と共に、留置された若海組構成員たちを重要度にのっとって選別する作業を行った。最重要とみなされたのは、十日前にクリアウォーターたちの乗ったジープを襲撃した実行犯である。襲撃時にカトウによって五名が、若海組急襲時に一名が射殺されたが、まだ二人の実行犯が残っており、幸いにして両方とも拘束に成功している。さらに重要人物として、六人の幹部の名前がクリアウォーターとソコワスキーによって選ばれた。  そして金曜日。襲撃を実行した二名について、アイダの通訳を挟んでクリアウォーター自らが、尋問に当たることになったのである。 「私の顔を見なさい」  椅子に腰かけた男に向かって、クリアウォーターは言った。  尋問部屋に入ってこのかた、その男はクリアウォーターから顔をそむけていた。アイダが翻訳した日本語を耳にした後も、あらぬかたを見たままだ。 「見るんだ」再度、クリアウォーターはうながした。 「君が殺そうとした相手の顔だ。それとも、まともに目も合わせられない腰抜けなのか?」  それを聞いた男の横顔に、むすっとした表情がよぎる。だが意固地なほどに、目は合わせようとしない。  まだ若い男だ。クリアウォーターやアイダより明らかに若く、ひょっとすると、彼が襲ったジープに乗っていたカトウやヤコブソンより、さらに年少の可能性があった。 「千田宗介(ちだそうすけ)。君の名前で、間違いないね。本名かい?」  男は横を向いたまま答えない。ささくれた爪の先を、先ほどからずっといじっている。 「…よろしい。では、勝手に千田と呼ばせてもらうよ」クリアウォーターは言った。 「千田。君は若海組の構成員七名とともに今年の四月一日火曜日、鎌倉市郊外の田園地帯で占領軍関係者四名の乗ったジープを襲撃した。君たちは手製の爆弾を投げつけた上、ライフル小銃を撃ちこんだ。その結果、アメリカ陸軍所属のサムエル・ニッカー軍曹が死亡した――この事件に関与した事実を、君は認めるか?」  千田は聞こえなかったように、爪の先をいじり続けている。  クリアウォーターはその動作に、千田の精神的幼さを感じた。千田の反応はまるで、悪さをした小学生が教師に呼ばれた時のそれだ。何も言わない。そうしていれば、叱責をやりすごせると思っているかのようだ。  同じ沈黙でも、先日の岩下拓男の沈黙とは質が違う。岩下は対敵諜報部(CIC)の要員に暴力を振るわれてなお、話すことを拒んだ。そこには、明確な意思があった。対して千田の沈黙は、現実の重みからの逃避だ。 ーーもし尋問者がソコワスキー少佐なら、ためらいなく「少し撫でて」いるところだな。  クリアウォーターは心の中でつぶやく。  隣りに座る通訳のアイダも、千田の態度が(かん)に障ったらしい。 「…いちいち、いらいらさせられる奴だ」千田を一瞥し、低い声でつぶやいた。  皮肉屋のアイダは時々、トゲや毒を含む台詞を吐くが、普段はまあ温和な人間として通っている。ただし、いくつか特定の状況下において、ひどく危険な男と化す。実際に、白蓮帮の男たちに拉致監禁された時のほか、クリアウォーターはアイダが豹変する機会を何度か目にしていた。この時も、 「いじっている手の爪一枚、はがしてやりましょうか? そうしたら少しは真面目に話を聞くでしょうから」  涼しげな顔で恐ろしいことを言った。  アイダなら眉一つ動かさずに、それをやってのけるだろう。クリアウォーターはそのことを知っている。だから、ゆるゆると首を横に振った。 「捕虜の虐待はよくないよ」 「…この男はニッカーを殺して、ヤコブソンを殺しかけた連中の一人ですよ。カトウを殺そうとし、あなたを殺そうとした。その事実をお忘れで?」 「忘れてはいないよ。でも、それを口実に暴力を振るえば、それはもはや復讐心による私刑(リンチ)と変わらない」  クリアウォーターは緑色の眼で、アイダを見やる。「そいつは、私のやり方じゃない」  アイダはクリアウォーターを数秒見つめ、やがて肩をすくめた。内心では「あまい」とか「きれいごとを…」とか思っているのかもしれない。  ただ、口に出しては「了解」とだけつぶやいた。  クリアウォーターは再び千田に向き直る。アイダと話す内に、方針は固めた。  千田は子どもだ。子どもを相手にするなら、そう難しくない。 「――襲撃の計画を立てたのは、若海義竜だったんだろう。君はそこにどうして参加したんだ? ひょっとして……」  うそをつく子どもから、事情を聞き出したければ――逃げ道を用意してやることだ。 「君は参加したくなかったのに無理矢理、参加させられたのかい?」  千田は爪をいじる手を止めた。 「……そうだよ」 「というと?」  。クリアウォーターは心もち身を乗り出した。こうなれば、釣り針を呑み込んだ魚と同じだ。あとはゆっくり、切れないように糸を引いていけばいい。  千田は重圧に耐えかねたように、しゃくりあげた。 「俺はホントはこんなことしたくなかったんだ。若海さんがやれって言ったから、やったんだ。本当だって……」

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