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第十一章(②)

 千田宗介に続いて、クリアウォーターが尋問したのは襲撃実行犯の片割れ湯浅治郎(ゆあさじろう)である。尋問が始まってすぐに、湯浅はクリアウォーターに向かって、千田が出発前に威勢よく気焔を吐いていたことを暴露した。  湯浅によれば、千田は若海義竜の前で、殺したアメリカ軍人のジャケットを手土産に持ってくると豪語したという。千田は若海組に転がり込んで日が浅く、組内での自分の地位を確かなものにしたがっていた。それゆえ若海義竜にクリアウォーター暗殺の話を持ちかけられた時、むしろ積極的にこれに応じたらしい。  そう言う湯浅自身も、若海から襲撃計画を聞かされて、進んで計画に参加した人間だ。  尋問するクリアウォーターに向かって、湯浅は確信に満ちた口ぶりで言った。 「あんたがとんでもない極悪人だってことは、知ってるんだ」 「ほう?」  聞きかえすクリアウォーターに向かって、湯浅は熱弁を振るった。占領軍人として、クリアウォーターがいかに堕落しているか(「日本人の女を夜ごととっかえひっかえして寝ている云々」)、いかに無辜の日本人たちに塗炭の苦しみを味あわせているか(「手柄を上げるために罪のない人間を逮捕している云々」)………。  聞く限り、戦時のプロパガンダ映画に出て来そうな悪役ぶりだが、クリアウォーターにとって困ったことに、いずれの話も事実無根に等しいものだった。  まず「夜ごと女をとっかえひっかえして寝ている」というのが、失笑ものだ。男ならまだしも。ふと隣のアイダを見れば、彼も唇をひくつかせていたーー怒りではなく、笑いをこらえるために。  さらにクリアウォーターはこれまでに多くの人間を逮捕したが、その誰一人として「罪がない」とは言いがたい。クリアウォーターが相手取ったのは、敗戦のどさくさで軍事物資を横領して隠匿した火事場泥棒たちや、将来たくさんの廃人を生み出すであろう麻薬を売る厚顔無恥な者たちだ。そのあたりの話をされたのなら、「逆恨み」と思いつつも、まだ納得がいった。  ところが湯浅の話を聞く内に、逆に襲撃のそもそもの動機が曖昧模糊としてきた。  。  貝原靖に依頼して、クリアウォーターは麻薬売人を追わせていた。しかし、若海組にたどり着くには至っていなかった。U機関に潜む裏切り者が、若海にクリアウォーターの捜査状況を流し、その結果、若海が過敏に反応したということは、ありえないわけではないが……。  湯浅の空虚な演説はさらに続いていたが、クリアウォーターはほとんど興味を失っていた。 「――湯浅。君は、私が極悪人だから殺そうとしたのかい?」  しゃべるのをさえぎられて、湯浅は不満げな表情を浮かべる。  しかし、すぐに虚勢を張った。 「そうだ。俺は苦しんでいる日本人のために立ち上がったんだ」 「その行為で、英雄になれるとでも思ったのかい?」 「いずれ歴史が、それを証明する」  格好のつけた台詞は、きっと最近、(ちまた)で流行する共産主義者発行の小冊子か何かから剽窃してきたに違いない。クリアウォーターは肩をすくめ、椅子から腰を上げた。  そして、アイダの口を借りずに日本語で言った。 「――あいにくだけどね。歴史も日本人も、君のことなどきっと明日には忘れ去っているよ」  そしてポカンと口を開けた湯浅を残して、さっさとアイダと共に尋問部屋を出た。

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