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第十一章(③)
クリアウォーターとアイダは連れ立って、廊下の一角に設けられた喫煙スペースにやって来た。すでに三時間連続で尋問を行っている。このあたりで休憩が必要だった。
とはいえ、先ほどの尋問のことが、二人の頭から離れることはない。煙草をくゆらせて一分も経たない内に、話題はそこに戻っていった。
「ーーアイダ。君は、千田と湯浅の二人をどう思う?」
「あやつり人形」アイダは即答した。
「黒子 の意のままに動かされた人形といったところでしょう」
「そして君の見るところ、その黒子が若海義竜というわけかい?」
アイダはうなずくかわりに、煙をゆっくり口から吐いた。
「……『他人を自分の思うように動かすのは、そう難しいことじゃない。弱みを握るか、肉体的苦痛で屈服させるか、あるいは――欲望をあおるか』」
口の端にシニカルな笑みが浮かぶ。
「そんなふうに言ったのは、あなたでしたね。聞いた時はなるほどと感心しましたが……」
「どうやら、日本人の中にもそのツボを心得ていた奴がいたようだね。千田宗介は組の内部で一目置かれる存在になりたかった。湯浅治郎は……英雄かな」
「二日酔いしないのが不思議なくらいの、自己陶酔型の自称英雄ですね」
痛烈な台詞をアイダは返した。
「そして、そういう奴ほどだましやすい。若海という男は、自分の手下たちの欲望を見抜いて、それをうまく利用したんじゃないかと俺はにらんでますが、いかがです?」
「いい線いっていると思う」
クリアウォーターは同意した。
「湯浅治郎は若海から、私に関して嘘八百のことを吹きこまれていた。千田宗介はそもそも、若海がどうして私を亡き者にしようとするのか、その理由さえ聞かなかった。二人とも自分にとって都合のいい部分だけ見るばかりで、疑問を持たなかった」
「…だとすると、また厄介な話ですね」アイダは二本目の煙草にライターで火をつける。
「襲撃犯で生き残っているのは、その二人だけ。残りはカトウが墓場に送っちまったから……いっそ、イタコでも呼びます?」
「青森からかい? うーん。それもアリだけど、多分、彼女たちの電車代は公費では落とせないだろうね」
突飛な提案に下手な冗談で応じ、クリアウォーターはアイダに笑いかけた。
「なに。焦ることはないさ。若海組の幹部連中を今、順番に尋問している。誰かひとりくらい、若海義竜からどうして私を殺そうとしたのか、打ち明けられている人間がいるさ」
「だといいですけど……」
アイダは肩をすくめる。整った横顔に、何か言いたげな雰囲気が漂っている。
だが、クリアウォーターが口を開くより先に、その緑の目にこちらに近づいてくる半白髪の男が映った。
セルゲイ・ソコワスキー少佐は、鈍器になりそうな厚さの書類の束を抱えていた。相変わらず不機嫌そうである。眉間にしわを寄せ、誰彼かまわずにらむような険しい顔つきを見ているとつい、「もう少し肩の力を抜いたらどうだい」といらぬアドバイスをしたくなってくる。
その心の声が聞こえたわけでもないだろうが。
ソコワスキーは呑気にくつろぐクリアウォーターの姿を認めるや、空腹をかかえる狼のようのような顔になった。そして、
「おい、ちょっと来い!」
かみつきそうな声で言い捨てると、さっさと廊下の向こうへ行ってしまった。
「…仕方がない。呼ばれたから、ちょっと行って来るよ」
「お気をつけて。生還を祈ってます」
部下の大仰な言い回しに、クリアウォーターは手を振って応え、ソコワスキーの去った方に歩いて行く。
……その姿が角の向こうに消え去った後、アイダは煙草を口にくわえたまま、壁によりかかった。二重まぶたに覆われた両眼を宙へ向ける。
「さあて……どうしたものかな」
その声は唇の上で消えて、誰の耳にも届くことはなかった。
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