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第十一章(④)

 セルゲイ・ソコワスキーは自分の執務室で、クリアウォーターを待っていた。赤毛の同僚が入って来たのを認め、ソコワスキーはドアを内側から施錠する。  それから二人は、ドアからいちばん遠いカーテンの引かれた窓際で、机を挟んで座った。 「……結果は言わなくても、分かっているな」  ソコワスキーが単刀直入に切り出す。 「すでに三日間、貴官の部下を見張っているが、おかしな動きをした者はひとりもいないーーひとりもだ」 ――三日前。火曜日深夜。  同じ室内で、クリアウォーターは自分が身を置く事態を詳細に明かした。  先週、クリアウォーターたちが乗ったジープが襲撃されるのに先だって、若海組にその情報を売った者がいること。その裏切り者は、ジープに備えつけてあったガーランド銃とトミー・ガンに細工をして撃てない状態にしたこと。さらに複数の状況から判断して、裏切り者はU機関の人間――クリアウォーターの部下と見てまず間違いないこと……。  これらの事柄を打ち明けたのは、参謀第二部(G2)を率いるW将軍、副官のサンダース中尉に続いて、ソコワスキー少佐が三人目であった。  ソコワスキーは予想通りの反応をした。まず目を見開き、それからかみつきそうな顔で、たった今クリアウォーターから聞かされた情報を整理しにかかった。 「……つまり、あれか。貴官は眼鏡とチビの部下ふたりを連れて俺のところにやって来たが、そいつらはひょっとすると、日本のヤクザに情報を売るような(やから)かもしれんということか」 「平たく言うとそうなる」 「ふざけんな!!!」  この場合にもっともふさわしい罵声を、ソコワスキーはクリアウォーターに浴びせた。 「すまない、セルゲイ」クリアウォーターは素直に謝る。それから、 「でも裏切り者を捕まえるために、これが最善のやり方なんだ」と言った。 「……どういう意味だ?」 「これから君と私は、若海組に奇襲をかけようとしている。この情報はすでにカトウ軍曹に伝えた。もしもカトウが若海組と裏で通じているなら、つかんだ情報を何らかの形で必ず伝えようとするはずだ」 「だろうな」 「カトウの動きは、私の副官のサンダース中尉が見張っている。それで不十分というのなら、君の部下に見張らせてくれてかまわない」 「貴官の副官は、誰が見張っているんだ?」  鋭い指摘に、クリアウォーターは返答につまった。 「……彼は信頼できる男だ」 「つまり、見張っていないんだな」ソコワスキーは容赦なく言った。 「サンダース中尉も見張らせてもらう。それでいいな」 「……分かったよ」  ほかに方法はない。クリアウォーターはやむなく同意した。  クリアウォーターにとって、サンダースは信頼に足る人物だ。だが、ソコワスキーにとってはそうではない。 ――第三者の冷静な目は、決して悪いものじゃない。  そんな理屈をこねて、クリアウォーターは自身を納得させざるを得ない。これからやろうとしていることに、ソコワスキーの協力は必要不可欠である以上、忸怩たる思いをこらえて、妥協するほかなかった。

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