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第十二章(①)

 カトウとフェルミから五メートルほど離れた場所――ただし垂直方向にである――で、クリアウォーターはサンダースと向かい合って座っていた。二人とも、手元に紙束を抱えている。  フェルミのようにスケッチが目的ではなく、第三者からの盗聴を防ぐためだ。 「ーー週末はどうするつもりだい、サンダース中尉?」  とりとめのない雑談を交わしながら、クリアウォーターは先週以来の事情を、忠実な副官に細大漏らさず打ち明けた。というより、浮気を後悔した男がそれをパートナーに打ち明けるように、ありのまま白状したと言った方が近い。  『……というわけで。君の知らないところで、君を二日ほど監視していたんだ。疑って本   当にすまなかった』  クリアウォーターから示された紙をサンダースはしばらく見つめる。 「そうですね。宿舎でのんびり過ごそうと思っていますよ」  言いながら、鉛筆をさらさらと走らせる。  クリアウォーターに示された紙には、几帳面な字でこう書いてあった。  『信頼されずに、大変傷つきました』 「…そうかい」  サンダースの上官は、飼い主に捨てられた子犬のような顔になる。  打ちひしがれるクリアウォーターをしばらく眺めた後、サンダースは紙の手で隠した部分をおもむろに見せた。  『――でも、すぐに謝ったので許して差し上げます』    クリアウォーターの顔に演技でない喜色が浮かんだ。  サンダースの眼鏡が光を反射する。眼鏡の所有者が顔をそむけたのが原因で、それは照れ隠しに近い反応だった。サンダースはしかめつらしい表情を浮かべた。  『正直は最低限にして最高の美徳と、祖母がよく言っていましたが。あなたの職種を考える  と、長所であり欠点ですね。私は監視のことなど、まったく気づいていなかった。黙ってい  れば、ずっと気づかないままだったでしょうに』  『そして君の信頼を裏切ったまま、何事もなかったかのように過ごせと?』     クリアウォーターは片方の眉だけ器用に上げ、紙に大振りの字で書きつけた。  『――そいつは、私のやり方じゃない』  『まったく。あなたという人は……』  銀縁眼鏡をいつもの癖で、くいっと上げる。 「…少佐は、どのようにお過ごしになるつもりで?」  『どんな場合でも、あなた以外の何者でもないんですから』  クリアウォーターはうなずいて答えた。 「私も久しぶりに、家でゆっくりするつもりだよ」

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