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第十二章(⑨)※性描写あり
二人ぶんの体重を受け止めたベッドが、ぎしっときしむ。カトウは少し困惑した。家の中は二人きりというわけではない。さすがに外の門まで声は届かないと思うがーー。
「心配しなくて大丈夫だよ」
カトウの内心を見透かしたようなタイミングで、クリアウォーターが言った。
「邦子さんの部屋は一階の反対側だ。それにこの家は古い割に、防音はしっかりしている」
二階のクリアウォーターの寝室に、カトウとクリアウォーターは場所を移していた。ベッドに腰かけたクリアウォーターが先ほどまでの興奮冷めやらぬまま、カトウを抱き寄せる。その勢いで服を脱がせようとした時、カトウが控えめに抵抗した。
「ちょっと……先に電気、消して下さい」
「つけたままだと、だめかい?」
「………見られるの。恥ずかしいから」
クリアウォーターとしては、大いに異を唱えたいところだ。しかし頬を朱色に染めてうつむくカトウを見て、望み通りサイドテーブルのランプをひねって消しやった。
部屋に暗闇の帳がおりた。
その中で、クリアウォーターは壊れ物を扱うように、ゆっくりカトウをベッドに押し倒した。軽く触れ合うキスは、ほんの数秒のこと。カトウが口を開けた時、歯と歯のすき間から、クリアウォーターが舌を入れてきた。何度目かのキスだが、カトウはまだ全然慣れない。それでも、ぎこちない動きで応える内に少しずつ、リズムがつかめてきた気がした。
それを見はからったように、クリアウォーターの右手がカトウの胸の上に置かれる。片手だけ器用に動かして、クリアウォーターは服のボタンを外していった。
脱がされたシャツが、ベッドの下に音もなく落ちる。続いてアンダーシャツも。むきだしになったカトウの胸に、クリアウォーターが唇を押しあてた。
「あ……」
カトウは軽く後悔した。今日はまだ、シャワーを浴びていない。こうなると分かっていたら、浴びて来るんだった。
しかしクリアウォーターは気にした素振りも見せずに、キスの雨を浴びせてきた。
首すじに、胸に、肩に。それだけでなく、手の甲や指先まで。柔らかい唇と、固い歯と、そして熱とぬめりを帯びた舌で、肌にくまなく刺激を与えられ、カトウの呼吸が少しずつ喘ぎに変わっていく。
途切れ途切れになる思考の中で、カトウは思った。
――まるで動物みたいだ。
ライオンが、狩った獲物を存分に味わう図。
本当に声が部屋の外にもれないか、あるいは門のところにいる兵士に聞こえやしないか、カトウは気が気でなかった。しかし、それを気にするのも、クリアウォーターがカトウのズボンと下着を取りさって、へその下に顔をうずめようとするまでだった。
「ちょっと、待って。少佐……」
喘ぎながら身を起こし、カトウはクリアウォーターを両手で押しのけた。
「そこは、やめて…」
「なぜ?」
「き、汚いから……」
クリアウォーターが不満げなため息をつく。怒らせたか、とカトウはす悔する。しかし、すぐにクリアウォーターの腕が伸びてきて、カトウを背中から抱きすくめた。
からかうような、少し意地の悪い声がカトウの耳元をかすめる。
「――いいけど。私の場合、手の方がタチが悪いんだ。教えてあげる」
そう宣言するや、半立ちになったカトウの腰のものをつかんで、愛撫しはじめた。
「やっ………!!」
さらにもう片方の手で、クリアウォーターはカトウの脇腹や胸の突起を弄ぶ。その上、とどめとばかりに、カトウの首の一番弱い所を舌でなめまわした。
カトウはとっさに手で自分の口をふさいだ。自分のものと思えない喘ぎ声が、手の中でくぐもって消える。しかし荒れた海の波のように、声は次々と途切れることなく口からこぼれる。
カトウは空いている方の手で、クリアウォーターの手首に触れた。せめてペースを落としてくれ、と伝えるつもりだった。
ところがクリアウォーターは、カトウの手に自分の手を重ねてきた。指先から強い力が伝わってくる。抵抗するいとまもなく、クリアウォーターに促されるがまま、カトウは自分自身を愛撫させられるはめになった。
意味を成さぬ喘ぎ声。目の裏で白い小さな稲妻が、パチパチとはじける。しかし、まさにのぼりつめる寸前で、急にクリアウォーターがすべての動きを止めた。身体に力が入らないカトウは、ベッドの上にタコのようにぐにゃっと崩れた。
その視界に、淡い光がぱっと灯った。
「あ……」
なすすべもなく、カトウはランプの灯りに裸身を晒された。
「…背中とおなかの傷なら。すまないけど、この前にもう見てしまったよ」
横たわったクリアウォーターが、指先でカトウの腹部に触れる。古い火傷の跡を、そっとなぞりながら――。
「どうしてこの傷ができたか、今は聞かない。でも見せて欲しい。君が自分自身で嫌っている部分も、みにくいと思い込んでいる部分も、全部、見せて欲しい――全部、受けとめるから」
その言葉を聞いた途端、カトウの両目がまたぼやけてきた。鼻がつんとなる。
今まで、何百回となく繰り返し考えてきた。
もし、この世に生まれてこなくてよかったなら、きっとそれを選んでいた。
ミナモリと一緒の夜に死ねていたら、その方がよかった。
だけど今だけは――今、この瞬間だけは、生きていてよかったと、少しだけ思えた。
ぼやけた視界で、クリアウォーターが動く気配がした。太もものつけ根を温かく湿ったものがかすめる。あ、と思った時には、カトウの下腹部にクリアウォーターが顔をうずめていた。
のどの奥から、カトウは叫び声を上げた。のぼりつめ、解き放つ寸前だった性器が、クリアウォーターの絶妙な舌の動きに、長く耐えられるはずもなかった。最後の瞬間、カトウは口で手を押さえ、悲鳴に近い叫びを上げると、身体をふるわせ射精した。
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