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第十三章(①)

 参謀第二部(G2)の本部で用事を済ませたクリアウォーターは、ソコワスキーに断わって電話を借り、横浜の病院に入院中のジョン・ヤコブソン軍曹にかけた。U機関や自宅の電話を使わなかったのは、盗聴される可能性を危惧したからだ。 「――俺が見て覚えているかぎりでは、最近、指を怪我したり、絆創膏をつけていた奴は結構いますよ」  受話器から聞こえてきたヤコブソンの言葉に、クリアウォーターは落胆しかけた。しかし、ヤコブソンの言葉には続きがあった。 「フェルミが木から落ちかけた時、あいつも助けた日系二世(ニセイ)の連中も、擦り傷をこさえていましたから」 「それより、前の時点ではどうだ? 具体的には三月二十一日から四月一日の間だ」  サンダースが貝原殺しの報告書をクリアウォーターにわたしたのは、甲本貴助を尋問した日である。そしてフェルミが騒ぎを起こしたのは、例の襲撃事件の前日だ。裏切り者(暫定:『ヨロギ』)がクリアウォーターの執務室に忍び込んで、ファイルを盗み見たのは間違いなくこの間である。さらに、襲撃ポイントを決め、爆弾を用意する手間を考えれば、四月一日以前の公算が高い。 「三月二十一日から四月一日の十日間ですね……ちょっと待ってください」  脳に保管された膨大な記憶を、写真をめくるようにたどっているのだろう。しばらくして、ヤコブソンが答えた。 「……俺は普段、日系二世とあまり交流がないから。見た限りのことしか言えませんが」 「それでかまわない」 「ガーデン・パーティの時に、U機関の全員が集まったでしょう。あの時、絆創膏をしていた人間が一人だけいました。右手の人差し指に」  受話器をにぎるクリアウォーターの手に力がこもった。 「……誰だい?」  アイダか、それともフェルミか―――。  ヤコブソンは答えた。 「マックス・カジロー・ササキ軍曹です」  クリアウォーターはその場で考え込んでしまった。  若海義竜殺害時のアリバイを調べた時点で、ササキはニイガタとともに新宿の行きつけの店に八時過ぎまでいたことが確認できたはずだった。その上、彼が一九四四年一月にオーストラリアにいたという記録はない。  となれば、可能性はひとつ。指を怪我した翌日、裏切り者はヤコブソンに会わなかったか、会ってもごく短時間しか話をしなかったため、怪我に気づかれなかったかだ。  残念ながら、この線を追っても犯人にはたどりつかないようだった。しかし――。 ――ササキのアリバイについてはもう一度、ソコワスキーに頼んで確認してもらおう。  そう決めて、クリアウォーターは口を開いた。 「ヤコブソン。最初に言った通り、この話はここだけにしておいてくれ」 「イエス・サー」 「ありがとう。ところで怪我の経過は順調だと聞いたけど、どうだい?」 「はい。早ければ、来週の末には退院できそうです。仕事に復帰できるのは、もう少し先になるますが」 「無理はしないように願うよ。でも、君が復帰する日を待っている」  退院する日に迎えをよこすと約束して、クリアウォーターは電話を切った。

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