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第十三章(②)

 一週間後。四月二十五日金曜日。カトウは二日ぶりに、曙ビルチングの自室に戻って来た。若干、落胆ぎみだ。というのも、週末はクリアウォーターと過ごせると思っていたのに、予想に反して赤毛の少佐は捜査の一件で、参謀第二部本部に行かなければならなくなったからだ。 「今週末はいつ呼び出しがかかるか分からないし、いつ帰って来られるかも分からないんだ。本当にすまない」  今朝の朝食の席でクリアウォーターからそう告げられた時、カトウは大丈夫だと答えた。だが落胆が、露骨に顔に出たらしい。クリアウォーターは食事のあと、支度をしていたカトウを抱き寄せ、そっと耳元でささやいた。 「この埋め合わせは、必ずすると約束する」  それから、朝からするには少々濃厚すぎるキスをした。  …その時のことを思い出すだけで、カトウは顔がまた火照ってきた。大麻を吸った後に似た多幸感が少しの間、頭をふらつかせる。どこまでも甘くて、中毒になりそうだ。  ところが、一時の幸せな回想は、無粋なノックの音でたちまち叩きこわされた。 「おーい、カトウ。ちょっと、ええかのう?」  鍵をかけていなかったドアが開き、マックス・カジロ―・ササキ軍曹の浅黒い丸顔がのぞいた。カトウは慌てて机の上を見わたした。幸いササキに見られてまずいものは、何も広げていなかった。 「…何だよ」  カトウは不機嫌そうに言った。ササキはかまわず、返事が入室許可になったとばかりに、どかどかと入って来て、勝手にベッドの端に腰かけた。 「いや。お前、昨日の晩、部屋におらんかったじゃろ」 「え……」  ササキの言う通り、昨日木曜日の夜、カトウはクリアウォーターと一夜を過ごして、寮には帰ってこなかった。 「…ああ、いなかったけど」 「その前の火曜の晩も、おらんかったな」 「!…す、水曜日はいただろ! それに月曜も……」 「おったな。でも、土曜と日曜はおらんかった」  ササキはそこで、わざとらしく人差し指を立てた。 「どこにおったか、当てたろか――クリアウォーター少佐のところじゃろ?」  聞いた瞬間、カトウは引き出しにしまっている四十五口径の拳銃で、ササキの口を封じるべきか否か、半ば本気で考えた。この男にかかれば、機密保持は大判のプラカードをかかげて街を練り歩くのと変わらない。つまり、翌日には全員に知れ渡っているということだ。  しかし、カトウの心配は杞憂に終わった。  ササキはにかっと笑うと、手をひらひらと振った。 「分かっとるって。どうせ前と同じ『言えないこと』じゃろ。秘密の尋問とか、極秘捜査とか。とにかく他人にしゃべれんってやつ」 「………」  助かった。  鈍いやつで助かったーー!!  カトウはここぞとばかりに、ササキの勘違いを最大限利用することにした。 「……アイダ准尉やニイガタ少尉には、黙っといてくれよ」 「分かっとる、分かっとる。でも、ちっとでええから、何か教えてくれんか?」  黒々した瞳を輝かせて身を乗り出す相手に、カトウはにべもなく言った。 「だめだ」  無論、本当に何をしているかは口が裂けても言えなかった。

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