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第十三章(④)

 カトウのベッドに腰かけたまま、ササキはぽりぽりとあごをかいた。 「お前、クリアウォーター少佐とあれこれ話しとるんじゃろ。若海組の組長を殺したやつのこととか、あやしいやつのこととか……」 「いいや、まったく」  実際、自宅にもどったクリアウォーターが、一連の事件についてカトウに話すことは皆無だ。家にいる時くらいは休んで欲しくて、カトウの方でもあえてその話題は避けていた。 「大体、『あやしいやつ』って何だよ」 「いやあ…」  ササキは珍しく口ごもる。  ドアの方をちらりと見て、どこか芝居がかったそぶりで声を落とした。 「…実は。アイダ准尉のことで、気になることがあったんじゃ」 「准尉のこと?」 「先週の休みの時、ミィ、新宿に遊びに行ったんじゃ。そしたら、そこでアイダ准尉を見かけてな」 「別に、おかしいことじゃないだろう」 「いや。それが、けったいなことに、軍服着てなかったんじゃ」 「は?」 「軍服じゃのうて、白のシャツに黒いズボン。日本人みたいな恰好で歩いてたんじゃ」 「…本当にアイダ准尉だったのか?」 「ああ。見かけた時は、あれって思ったんじゃけど。後ろ姿、足を引きずっとったから間違いない」  確かに奇妙な話だった。アメリカ兵は休みの日でも、街へ出かける時、特別の理由がなければ軍服のままで行く。平服を――それも、日本人みたいな恰好をするのは、相応の理由があるはずだ。たとえばヤミ市などに潜入捜査を行う対敵諜報部隊(CIC)の日系二世などは、日本人に擬装するために平服を着用する。 「…クリアウォーター少佐の指示じゃないか」  事件の調査のために、日本語に堪能なアイダをどこかに潜入させることは、ありえそうなことだ。しかし、ササキは首を振って、否定した。 「前にニイガタ少尉に聞いたんじゃ。アイダ准尉は昔、よく日本人のふりしてあちこち調べてたんじゃけど、一度危ない目に遭ったらしい。それ以来、クリアウォーター少佐はアイダ准尉に潜入調査はさせなくなったって」 「本当か?」 ーーそれなら、一体アイダは何のために平服姿で出歩いていたんだ? 「ひょっとすると、ひょっとするとじゃな……」  ササキの声で、カトウは我にかえった。 「アイダ准尉、実はソ連とかのスパイとちゃうか?」 「……はあ!?」  あまりにも突飛な言葉に、カトウは素っ頓狂な声を上げた。しかし、ササキは真剣そのものの口調で自説を披露した。 「ほら、お前や少佐が乗ったジープが、前に爆弾で吹っ飛ばされたじゃろ?」 「正確にはあやうく吹き飛ばされかけた、だ」 「似たようなもんじゃろが。ミィが言いたいんは、あれじゃ。何で若海組の連中は、少佐やお前が乗ったジープを、待ち伏せすることができたんじゃ。パレードとかと違って、外に公表されとらんかったのに」 「………あ!」 「じゃろ。誰かが、若海組に密告したとしか考えられん」 「だ、だけど。密告者がU機関の人間とは限らないだろう? 少佐の鎌倉出張は、向こうの警察にも伝えられていたんだ。そっちから情報が漏れた可能性だってある」 「かもしれん。でも――U機関の中の人間って可能性も、否定はできん」  カトウは呆然となった。  と同時に、自分のバカさ加減に腹が立った。『ヨロギ』と若海組とのつながりの方にばかり、気を取られていたこともあるがーーそもそも、若海組がどうやってクリアウォーターやカトウの乗ったジープを待ち伏せできたか、今の今までまったく考えなかった。  そして、さらに疑問が浮かんだ。 ーーあのひと(クリアウォーター)は、このことに気づいているのか?

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