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第十三章(⑦)

 W将軍は再び口を開いた。 「元帥閣下(マッカーサーのこと)は、自軍と友軍の情報が『ヨロギ』を通じて日本軍にもれていることを知り、この薄汚いスパイを何としても逮捕しようとした。だが、結果は貴官らも知っての通りだ。調査に当たった陸軍犯罪調査部(CID)の捜査官二人が殺害され、『ヨロギ』は姿を消した。そして今になって、過去からの亡霊としてよみがえったというわけだ」  続けたまえ、と言われ、ソコワスキーは気を取り直して口を開いた。 「『ヨロギ』は日本の敗戦後まもなく、この日本の東京に姿を現しました。『ヨロギ』は先ほど名前の挙がった若海義竜とは旧知であったと、文谷徳治から証言がとれています。彼が言うには、二人は同級生であったと」 「ならば、鍵になるのは若海の過去だな」 「はい。しかし残念ながら、日本警察に全面的な協力を仰いでなお、関東軍時代より前にさかのぼる若海についての情報は、何一つ上がって来ていません」  その言葉を聞いた老将軍の顔に、失望がよぎった。 「打つ手なしかね?」 「いいえ」  ソコワスキーは答えた。 「こと人探しにおいて、日本の警察は非常に有能です。彼らが何一つ、つかめないということ自体が、ある事実を傍証しているのではないかと……」  ソコワスキーは傍らに座る赤毛の男を振り返る。 「…クリアウォーター少佐が小官に助言してくれました。つまりこういうことです。日本警察の捜査が及ぶ範囲に若海に関する情報が見つからないのは、と」 「――なるほど、旧植民地か」 「はい。いわゆる『外地』と日本人が呼んだ地域――台湾、朝鮮、関東州、南洋諸島、それに樺太(からふと)に、満洲国。さらに現在日本の領土に含まれていない沖縄――そのいずれかで若海は生まれ育ち、戦後はじめて本土の地を踏んだのではないか。それなら、つじつまは合います。さらに文谷が語った内容によれば、同級生の『ヨロギ』は、における競争相手だった。小学校、ということはないはずです。少なくとも中等教育機関以上、さらに言えば――軍学校のようなものが考えられます」  ソコワスキーはそこで、背筋をピンと伸ばした。 「将軍閣下。そこで、ある許可をいただきたく存じます」 「言ってみろ」 「巣鴨プリズンには、占領軍が逮捕した戦犯が収容されています。その中には、旧関東軍関係者が少なからず含まれています。彼らに対する尋問を、実施したいんです。特に――A級戦犯として追訴された高官たちに対して。若海は関東軍内でも、スパイという特殊な立場にあった。複数の人間に当たれば、彼を知る人物を見つけ出せる公算は十分にあるかと思われますが、諜報に携わっていた高官であれば、その可能性はより高まるかと」 「いいだろう」  W将軍は即答した。 「明日中に許可が出るように手配させよう。その間に、尋問の人員と通訳の選定をしたまえ」  将軍はそこで軽く右手を挙げて、ソコワスキーを着席させた。  そして、その目を隣りに座るもう一人の少佐に向けた。 「さて、待ちかねただろう――クリアウォーター少佐、貴官の番だ」

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