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第十六章(①)
結局、午後の間、カトウとクリアウォーターはベッドの中でセックスした。
残された時間を惜しむように互いを求め、五感すべてを使って相手の肉体をすみずみまで味わい尽くし、そして至福の内に果てる。カトウは愛撫と抽送で四度もイカされ、クリアウォーターも二度、絶頂を迎えた。
すべてが終わった後、カトウは疲労の中でまどろみ、浅い眠りに落ちた。そこで夢を見た。
…最初に感じたのは寒さだった。
鳥肌立った腕をこすりあわせると、ざらついた繊維が肌に不快な刺激を与えた。何日も着た下着は、蓄積した汚れのせいで紙やすりみたいになる。服も……。
野戦用の軍服を着て、カトウは横たわっていた。
寒い。おまけに暗い。目を開けているはずなのに、何も見えない。しかも動こうとすると、何かに阻まれて手足がうまく伸ばせなかった。
何かやわらかい物の中に閉じ込められているーー指先に触れた帆布の感触でその正体に気づき、カトウはぎょっとなった。
――死体袋……!?
ちょっと待ってくれ。
ということは、ここは土の下……――。
そこまで考えて、カトウは半狂乱になった。
ーー俺はまだ死んでいない。死んでいないんだ。頼むから、埋めないでくれ!!
もがき暴れる内に、顔の近くの布が破れ、穴があいた。
一瞬、土砂が落ちてくるのではとカトウは身構えた。だが、恐ろしい予想に反して、何も起こらなかった。カトウは穴から顔を突きだし、必死で空気を求めた。
酸素が肺から脳みそに回り出す。ようやく落ち着きを取り戻すと、手を動かして穴を広げ、やっとの思いで中からはいだした。
外は夜だった。冷気が肌に突き刺さる。それでも、カトウは安堵で大きく息をついた。
しかし安心感が続いたのは、隣りに目をやるまでだった。
そこに、死体袋がもうひとつあった。
中に収められた人間は、明らかにカトウより体格がいい。
長身で、肩幅もあって、ちょうど……。
カトウの思考がそこで凍りつく。頭が考えることを放棄している。それなのに、身体は死体袋の中身を確かめずにいられなかった。両手を伸ばし、震える指で袋を開きーー。
露わになった死者の顔を見た瞬間、カトウは絶叫した。
「…少佐!? クリアウォーター少佐……ダニエル……!!?」
……誰かが自分の身体を揺さぶっている。カトウは、はっと目を覚ました。
「眠っていたところを起こしてすまない。でもずい分、うなされているようだったから」
物柔らかで、耳に心地よい声。聞き慣れて、すでにカトウの生活の一部分になった声。
それを聞いた途端、目頭が熱くなった。
クリアウォーターはすでに服を着ていた。それでもカトウは我慢できず、身を起こして両腕を恋人の背中に回した。冷えた身体に伝わってきた相手の体温で、カトウはようやくあの最悪の瞬間が、現実でなく夢であったと納得できた。
「…すみません。ちょっと、いやな夢を見たんで」
「悪夢かい?」
「はい。夢の中で、まだ死んでないのに死体袋に入れられていました」
「そいつは……夢とはいえずい分、ひどい目にあったね」
「ええ。それで……」
カトウはそこで一瞬、沈黙する。
「…それで袋の中でもがいていたら、あなたが起こしてくれました。おかげで助かりました」
「おや。それなら、どういたしまして」
クリアウォーターはなだめるように、カトウの背中をなでた。いつもなら、すぐに落ち着きを取り戻すはずなのに、カトウはなかなか先ほどの恐怖を拭い去ることができなかった。
まして口にだすことは――。
口に出したら最後、いつかそれが現実の形になる気がする。
そんな迷信にも似た不安が、カトウの心をさいなんだ。
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