253 / 264

第十七章(⑧)

 …こうして、クリアウォーターによって夢の国から引っ立てられてきた労務部門の男は、待ちかまえていた対敵諜報部隊(CIC)のセルゲイ・ソコワスキー少佐の前で、自分の働いた悪事を洗いざらい白状させられた。  連れて来られた時点で男は震えあがっており、ソコワスキーが「撫でて」やる必要もなかった。もっとも、今回に限っては、ソコワスキーが暴力を行使したところで、クリアウォーターは止めなかっただろう。それほど、残酷な気分になっていた。  ソコワスキーたちの手で、オフィス内に保管されていたファイルが机の上に積み上げられると、男は金を受け取って送り込んだ人物たちの名前を次々と指さした。西村邦子も含め、その数は十三名に及んだ。彼らが送り込まれた先も十三件。すべて少佐以上の階級で、中には准将や少将といった将軍クラスの者が四名、含まれていた。  クリアウォーターから報告を受けたW将軍は、すぐにそれを彼が敬愛するマッカーサー元帥の元へと伝達した。  元帥は将軍に向かってうなずいた。 「よろしい。私の権限で命じる。即刻、全員を拘束しろ」  これが五日前の未明のことであった。  捕えられ、連行された日本人たちは、彼らをアメリカ軍関係者の元へ手引きした人間と異なり、容易に口を割らなかった。あくまでただのハウスボーイやお手伝いという立場を貫いて、それを崩そうとしなかったのだ。  そこでクリアウォーターは一計を案じた。対敵諜報部隊(CIC)の中でも、特に演技力のある人員をソコワスキーに選ばせ、彼らに巣鴨プリズンに収監された旧日本軍の軍人たちの元へ行かせたのだ。  そして受刑者たちに対して、拘束した人物たちの写真を見せ、こう言わせたのである。 「大阪と神戸の駅舎で列車にしかけられた爆弾が爆発して、多数の死者を出した。現在、報道規制を敷いて捜査中だが、容疑者として浮上したこの者たちを知らないか」と。  尋ねられた者たちは、当初、必ずしも協力的だったわけではない。とりわけ元情報将校の甲本貴助(こうもときすけ)などは、最後まで疑念を捨てず、尋問官に対してその話を裏づける証拠を見せるよう、しつこく要求した。このあたり、この男の中で諜報員としてのカンはまだ息づいていたと言える。  しかし、甲本以外の者は「次の目標が東京、しかも皇居かもしれない」と聞かされると、自分の知る情報を次々にクリアウォーターたちに開示しはじめた。  こうして十三名の内、三名の身元が割れた。彼らに対してクリアウォーターたちは集中した尋問を行った。その結果、ついに裏面に隠されていた秘密が浮かび上がってきたのである…。 「――事の発端は一九四五年八月、ソ連軍が国境を突破して満洲になだれ込んだ時に遡る」  邦子は穏やかな顔のまま沈黙を守る。その姿はまるで幼子の言葉に辛抱強く耳を傾ける母親のようだ。クリアウォーターはかまわず、話を続けた。 「ソ連軍は八月二十日には新京を占領した。もっともすでにその時、満洲国皇帝の溥儀(ふぎ)は退位して、人工的産物だった国家そのものが名実ともに消滅していたが――」  新京が占領下に置かれたのと前後して、その郊外にあった協和学院(きょうわがくいん)も短い歴史にピリオドを打った。本来であれば、学校に関わる一切の資料は、ソ連の兵隊が到着するより先に焼却処分されるはずであった。ところが、諜報員の養成学校にあるまじき失態がここで発生したらしい。あるいは、校内にソ連側の息のかかった人間がいたのかもしれない。真相は闇の中だ。だが、一つだけはっきりしていることがある。  学校の卒業生たちに関わる情報――彼らがどのような暗号名を与えられ、そしてどこで活動していたか、その詳細なデータが流出し、ソ連側の手に落ちたのである。    …今でこそ、日本の北海道・本州・四国・九州の列島四島はまとめて、GHQ(連合国軍最高司令部)の占領下に置かれている。  しかし主に占領に必要なコストを削減する目的から、太平洋戦争の末期にはドイツに対して行われたように分割統治が真剣に検討されたことがあった。  そうなった場合、北海道はソ連の、本州は中国地方を除いてアメリカの、四国は中国の、そして九州と中国地方はイギリスの統治下にそれぞれ置かれ、首都の東京はベルリンと同様、四か国による共同統治が行われていたはずであった。  だが、アメリカ合衆国大統領ハリー・S・トルーマンは結局この分割占領案を取らず、最終的に日本政府を通じた間接統治の道を選んだ。    これに露骨な不満を露わにした者がいた。  ソビエト連邦の最高指導者ヨセフ・スターリンである。  対日戦参戦の見返りとして、アメリカはソ連に対して北方領土の占領を認めていたが、スターリンは分割統治案が没になったと知ると、せめて北海道の北半分までは自国の支配下に置くことを認めるよう、アメリカに求めた。しかし、アメリカ側はこの要求を拒絶した。  その代わりにワシントンに極東委員会を設置して、さらに東京にはその出先機関として対日理事会を設けて、アメリカ・イギリス・ソ連・中国の四国の人間を委員に任じるという懐柔策に出た。  ところが、当のGHQのトップである連合国軍最高司令官――ダグラス・マッカーサー元帥は対日理事会の存在をほとんど無視して、占領統治を推し進めた。  それを断行するだけの権限と能力が彼にはあったのである。  結果的に、戦争の最終局面で対日戦に参戦したソ連は、日本の占領統治から完全に締め出された形になった。少なくとも、表面上はそのように見えていた。  だが、マッカーサー元帥を含むGHQ首脳部とその下で働く人間たちがあずかり知らぬところで、この(くれない)の社会主義国は新たな戦いを仕掛けていたのである。  旧日本軍のスパイたち――協和学院の元卒業生たちを探し出して、彼らを多種多様な手管(てくだ)を駆使して味方に引き入れると、ハウスボーイや家事手伝いに仕立て上げて、クリアウォーターを含むアメリカ軍人の家に送りこみ、半永久的に軍に関わる情報を得ようともくろんだーー。  それはいわば、来るべき新たな戦争に向けた情報獲得戦であった。

ともだちにシェアしよう!