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第十七章(⑫)

 …尋問が終わり、独房に戻されたあとも、逃げられないよう邦子は手足には鎖がつけられたままだった。味気ない食事を食べ終わると、数時間後に再開される尋問まで短い休息を取るだけだ。  目を閉じると、自然にカトウのことが頭に浮かんだ。    カトウに最初に目をとめたのは、ガーデン・パーティの時だった。誰かとつるむでもなく、ひとり椅子に腰かけてオレンジジュースを飲む小柄な日系人の青年。その華奢な身体つきと、昔風のきれいな顔立ち、それにどこか儚げなたたずまいが、邦子の印象に強く残った。  カトウは邦子にとっては初めて会うタイプの男だった。恐ろしいほど精密無比な射撃の腕前と、それに裏づけられた軍功を持ちながら、それを少しも鼻にかけたところがない。むしろ、控えめではにかみ屋で――死んだ恋人への義理を貫こうとするあまり、新しい恋をはじめることに罪悪感を抱くような、今どき珍しいいじらしさを持ち合わせていた。  そんなカトウへの愛情を自覚するまで、時間はかからなかった。  同時に、同性愛者のあの青年が自分の方を振り向くことはないと、頭では理解していた。  だが、深みにはまっていくことを止めることはできなかった。ふとした瞬間に、カトウが何をしているかと考えている自分に気づく。真っ赤になった困り顔を、無意識に優しい仕草を、「邦子さん」と自分を呼ぶ声を――。  …そこで思考が足踏みした。邦子は、クリアウォーターに言われたことを思い出す。それは自分でも、何度も問いかけたことだった。どうして気づけなかったのか。カトウと一月近く接していたのだから、容易に予想できたはずだ。  ジョージ・アキラ・カトウは、無力さを装って自分を守っていた邦子の母とは、根本から違う。彼は愛する者を守るためなら、危険に踏み込むことをためらわない。愛する恋人(クリアウォーター)を暗殺者の毒牙から守るためなら、生命をかけることもいとわない。  そういう男だとどこかで理解していたから、好きになったのに――。  …知らぬ間に、寝入っていたらしい。看守がやって来る足音で邦子はまた目を覚ました。起きた時の調子から、四時間くらい眠っていたとあたりをつける。簡素な食事が済むと、再び尋問を行う部屋に連れて行かれ、いつもの椅子に手足をつながれた。  だが、ここで今までのパターンと異なる展開を迎えた。尋問をするはずの相手が、中々現れなかった。おそらく、そのままに時間くらいは放っておかれただろう。いい加減、待つのにも飽きてきたところで、ようやく人の近づく気配が聞こえてきた。  部屋に入って来たのは、クリアウォーターだった。  二日前に対面した時より、赤毛の男は一層やつれて見えた。目は充血し、まるで毒虫に刺されたように、まぶたが腫れあがっていた。  クリアウォーターは邦子の方にめもくれず、対面の椅子に崩れるように座った。そしてうつむいたまま、しばらく口を開かなかった。  邦子も押し黙った。胸の内に、不吉な予感が音もなく広がっていく。 ーーまさか、そんなはずはない。  そんなはずはない。だって、今まで持ちこたえたではないか。だから、そんなことは――。  その時、クリアウォーターが発した声が、かろうじて邦子の耳に届いた。 「彼が死んだ」  自分をとりまく世界にひびが入る音を、邦子はたしかに聞いた。 「…今、何て……?」 「死んだんだ」  クリアウォーターが顔を上げる。  泣き腫らした緑の眼には、邦子に対する底の見えない憎しみが宿っていた。 「ジョージ・アキラ・カトウ軍曹は、昨夜遅くに息をひきとった」

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