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第十八章(④)
面会を終えてカトウが廊下に出ると、角の喫煙所で待っていたクリアウォーターがその姿を認めて軽くうなずいた。
「済んだかい?」
「はい」
「じゃあ、帰ろうか」
クリアウォーターが言ったのはそれだけだった。カトウが邦子と何を話したのか、尋ねはしない。きっとこれからも、クリアウォーターの方からこの話題が口の端にのぼることはないと、カトウは理解していた。
並んで歩きながら、カトウはふと自分の身体の中から出てきた銃弾のことを考えた。
存在すら忘れていたひしゃげた弾丸は捨てられないまま、曙ビルチングのカトウの部屋に転がっている。もちろん、ケガをしてしばらくの間は、銃弾が自分の身体に残っているのを覚えていた。
ただ、気に止めなかった。摘出する気も失せていたのだ。
ミナモリが逝ってしまった後は、すべてのことがどうでもよく思えてしまったから――。
体内に残留した弾の危険性を知りながらも、そのまま放置して忘れ去った。
ところが寿命を縮めたかもしれないその弾が、結果的にカトウの生命を救った。
だから、こうして今もクリアウォーターのそばにいる。考えれば考えるほど、何とも奇妙なめぐりあわせだった。
もっとも、そこに何か運命的なものがあるなどと、大層なことはカトウも思わない。たまたまそういう結果になっただけ。これはそういう話でしかない。とはいえ、ひしゃげた弾丸を手のひらに転がして眺めていると、やっぱり何か感慨めいたものが湧いてこなくもなかった。
ろくでもない人生を送って来た。
ようやく手に入れかけた大事な存在 を失うという、ひどくつらい経験もした。
そこに何か意味があるなんて今も思えない。
けれども、身体も心も傷だらけになりながらも、歩くことはついにやめなかった。
いい加減に嫌になり、自分の人生を投げ出しかけたこともあったが、そのたびに誰かに助けてもらって歩き続けることができた。
もがいて、這って、進んだその果てにーー今がある。それくらいは認めていいだろう。
……カトウは指先にぬくもりを感じた。クリアウォーターが指をそっとからめてきたのだ。
首をかしげた先で、クリアウォーターが緑色の瞳を淡く輝かせ、こちらを見下ろしていた。
胸の内に、温もりが静かに満ちるのをカトウは感じる。
そして自然に、微笑んでいた。
「ダニエル」
カトウが名前を呼ぶ。クリアウォーターが答える。
「何だい?」
「俺は、幸せ者ですよ」
カトウは言った。
「俺を選んでくれてーー愛してくれて、本当にありがとう」
(毒麦探し・完)
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