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第10話

「長潟さん、行きたいところ、あります?」 「えっ?澤川くんの行きたいところでいいよ」 「いや…、長潟さん、久々の外出って言ってたから…」 「ああ…、そうだなぁ、あ!本屋ある!」 教授は駅前の通りにある大きい本屋の前で止まった。 「行きます?」 「あ、でも…、デートっぽくないよね…」 「ぜんぜん構わないですよ?それに、長潟さんが読む本、気になります」 「ま、まあ、時間がなくてほとんど読めないんだけど…、ははは」 入店すると、教授は専門書のほうに行く。 そのコーナーの1番前に新刊が置かれていた。 案の定、教授が専攻している分野の本らしい。 小説とかじゃないんだな、予想はしてたけど。 「長潟さんは、本でも勉強してるんですか?」 「ああ、いや…、あまり読まないんだけど…、この人、僕の先生なんだ」 「へぇ…、本を出すってことは相当有名な方なんですか?」 「うん。僕なんか、手が届かないくらいにね」 「へぇ…」 長潟さんが寂しそうに本の表紙を見つめて笑っている。 この先生と、なにかあったのかな… 変に勘繰ってしまうくらいに、長潟教授は見たことのない表情をしていた。 「だったら俺は、見上げても見えないところにその人がいるんでしょうね。俺、教授には手が届かないんで」 「ははは、どうかな?案外、易々と僕なんか追い抜いちゃうかもよ?」 「…、教授は俺にとっての教授です。この先も」 「ありがとう。頑張りがいがあるなぁ」 教授がいつも通りに戻ってくれて安心する。 「それ、買うんですか?」 「どうしようかなぁ…って、げ、3千円もする。もう、相変わらず欲張りだな、先生は」 「ハードカバーとはいえ、なかなかしますね」 「昔から、この人、守銭奴でさぁ…、まあ、がめつい所も人間らしくて嫌いではないよ」 「ふーん」 この先生は、俺の知らない教授を知っているのか… ちょっと妬ける…

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