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第16話
「長潟さん、先に入ってください」
「いや、澤川くんからでいいよ」
「さすがに自分のところの教授より先に入るわけには…」
「そ、そうだよね。うっかり、お兄ちゃんにでもなった気でいた」
「お兄ちゃん…」
「じゃあ、お先に借りるね」
ホテルに備え付けのバスタオルを持って、教授はバスルームに入った。
お兄ちゃん、か。
俺は一人っ子だから、兄弟にすごく憧れがある。
その上、教授みたいに凄く頭がよくて穏やかなお兄ちゃんなんて、とても魅力的だ。
もちろん、教授みたいなお兄ちゃんは憧れるけど、教授自身は恋人枠だけど。
ベッドに座ってボーっとしていると、シャワーの音が止んだ。
ほんの出来心だったんだけど、なんとなく、教授と一緒にお風呂入っちゃおうかなって思った。
男同士で風呂入ることくらい良くあるし、別にそれほど拒否されないだろう。
ガラリと浴室のドアを開けると、教授はこちらに背を向けて、バスタブに足を突っ込む途中だった。
その華奢で小さな白い背中には、赤や紫や赤に近い黒のミミズ腫れや切り傷が無数にあった。
衝撃でドアを開けたまま固まる。
俺に気づいた教授が悲しそうに微笑む。
「入浴中にドア開けるなんてエッチだな~、ふふ、汚い背中でしょ?」
「い、いえ…、ちょっと驚きました」
「こんなの見ても、僕のこと、好きって言える?」
「…、これは、長潟さんの趣味なんですか…?」
「まさか。僕は痛いことは嫌いだよ」
「じゃあ、なんで…」
「このことは、誰にも言っちゃだめだよ。ましてや、同じ学校の人には絶対だめ」
「誰が…、こんなこと」
「それは…、その人の名誉に関わるから言えない」
「庇うほどの人間なんですか?」
「…、性的嗜好は本当に狂ってるけど、人間としては、僕では到底敵わない」
「でも…、こんなの酷くないですか?」
「ありがとう。でも、僕は大丈夫だから」
必死に教授は、自分を傷つけるような人間を擁護しようとしている。
そんな姿に段々イライラしてきた。
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