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第41話

海辺で夕焼けを見て、辺りが暗くなり始めた頃に旅館に向かうことにした。 「ここみたい」 予約したのは僕だけど、なかなか立派な旅館だった。 「すげぇ…、なんか立派ですね」 「そうだね。ネット以上だね」 入り口をくぐると、仲居さんがさっと挨拶をしてくれた。 「あの、長潟です」 「お待ちしておりました。お部屋ご案内します。お荷物、お待ちしますね」 「あ、ありがとうございます」 物腰は柔らかいけれど、テキパキとしていて、改めてちゃんとした旅館なのだと思わされる。 通された部屋は、大きな窓から海が見えた。 「うわー!すごい!よく海側のお部屋取れましたね」 「あー、うん。本当は反対側だったんだけど、キャンセル出たからってこっちにしてもらったんだ」 「そうなんですね。まぁ、俺は雪さんと泊まれるならどこでも良いんですけどね」 「澤川くんらしいね。でも、僕は澤川くんだからこそ、良いところに行きたいな、なんて」 「雪さん…」 「えぇ!?な、泣くの!?」 「すみません…」 「いや、いいけど。ふふ、澤川くんって結構感受性豊かだよね」 「女々しいですよね」 「ううん。僕はそっちの方は苦手だから…、羨ましいよ」 「確かに。雪さんはいつも穏やかですよね」 「うん。あんまり感情の起伏は大きくないかも。小さい頃からの癖なんだ」 「…、小さい頃から」 「うん。さて、そろそろ温泉入る?とてもいい湯らしいよ、ここ」 「あ、そ、そうですね。浴衣、出しますね」 人は誰だって、知られたくないことがある。 もちろん、僕にだってある。 もしも、澤川くんが、世間体も普通の未来も捨てて、僕と歩んでくれるというなら、勿論、僕は受け止める。 けれども、彼が僕の過去を受け止めてくれるかは分からない。 きっと、僕の過去のことを澤川くんは気にしているだろうけれど、今はまだ、話す時ではないと思う。 深く追求してこないことに甘えて、僕は面倒なことを先延ばしにすることにした。 それに、せっかくの初めての旅行だから、暗い思い出にはしたくない。 とにかく、楽しい旅行にしなくては。 「雪さんっ、案内に季節の湯っていうのがあって、夏はハッカらしいです!俺、初めてです!」 「そっか」 「雪さんは、入ったことあります?」 「うーん?ハッカはないかな」 「雪さん、準備できました?」 「も、もうちょっと」 「雪さん」 「もう、せっかちさん。お風呂は逃げないからね」 「すみません、楽しみすぎて…。露天風呂からは海が見えるそうですよ!今は真っ暗ですけど、明日の朝とか綺麗そうですよね」 「そうだね〜」 浴衣を手に僕を急かす澤川くんに苦笑しながら、僕も浴衣を手に、澤川くんに続いた。

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