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第42話
「お風呂、すごく広いですね」
「そうだね。しかも、ほぼ貸切だね」
部屋は予約で一杯みたいだけど、大浴場は、時間が早いせいか、他に年配の方が1人いるだけだった。
「雪さん、相変わらず白くて細いですね」
「なっ!?い、いいよ、僕の体のことは」
「しかも、毛、薄いんですね」
「み、見なくていいって!」
1人とはいえ、他のお客さんがいるのに…
しかも、僕にとって、男らしさのかけらもないこの体は、幼少期からかなりのコンプレックスだった。
「髪、切らないんですか?」
肩につくくらい伸びてしまった髪を、澤川くんが弄ぶ。
「あー…、行かなきゃとは思ってるんだけど、時間がないし、あと美容室ってすごく苦手で」
「そうですか?俺は結構好きですよ」
「そ、そうなの?なんか、緊張しない?美容師さんがおしゃれすぎて…」
「そう言うもんですかね…って、雪さん、ここ赤くなってる」
僕の髪をかき分けた澤川くんの指が、うなじに直接触れる。
その熱い指先に、少しだけ肌が粟立つ。
「ふぇ?」
「これ…、虫刺されとかじゃないですよね?」
「赤…、あっ、滝田教授…」
ふと、微睡みの中で、教授に首を触られた記憶が蘇る。
あれ、夢じゃなかったのかな?
「滝田教授…?これ、最近つけられたものですよね?」
「うっ…、さ、澤川くんっ、いたっ」
声のトーンがあからさまに低くなった澤川くんが、僕の首筋に爪を立てる。
ギリギリと食い込んで痛い。
「や、やめてっ」
未だに食い込む指をどけようと、澤川くんの手を掴むと思ったよりもすんなりと離れた。
「俺、雪さんに会えない間、ずっとずっと会いたかったし、触れたかったです。でも、雪さんの仕事の邪魔をしちゃいけないって思って、今日まで我慢してたのに…、雪さんは、滝田教授とそういうこと、してたんですか?」
「ち、ちがっ」
「なんでっ…、いつも、俺ばっかり雪さんが好きで…、辛いです」
「違うよっ、澤川くんっ!僕はっ」
「いいんです。別に、本当のことなんで…、ちょっと俺、部屋の風呂使います。雪さんはゆっくりしてきてください」
そう言うと、澤川くんは脱衣所に向かう。
違う。
僕は滝田教授とは何もしてない…、はず。
キスマークをつけられただけ…、だと思う。
微睡んでいたから、自信を持っては言えないけれど、でも、少なくとも挿入はされていないし、合意じゃない。
それと、僕だって澤川くんのことは好きだし…
追いかけなきゃ…
そう思って、僕も浴槽には浸からず、パパッと服を着て、部屋に戻るであろう澤川くんを追った。
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