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第4話

「帰ろう、純」  彼はそう言って頭をくしゃりと撫でてくる。まるで小さな子供にするかのようにそうしてくる手のひらは温かくて、不思議と嫌な気はしなかった。 「……でも悪いけど、今の俺の家はあそこじゃないから」  顔を上げて、誠一の目を真っ直ぐ見ながら静かに伝える。 「どういうことだ?」  そうすれば、途端に彼の声が鋭くなって、距離もぐっと近くなった。  下校時刻とあり、通りすがりの生徒たちの視線が痛いくらいに刺さるのを感じて、純は彼の胸を軽く押す。 「ここじゃ目立つから」  鞄を抱え直して家の方角に向かって歩き出せば、誠一も隣をゆっくり歩き始めた。 「……知ってるかどうか知らないけど、俺、母さんたちに借金押し付けられたんだよ」 「それは……戻ってくる少し前に父さんから聞いたが。……借金はもうチャラになったんだろう?」  蒸発した父や留学していた兄が、なぜ返済が終わったことを知っているのだろう。そう思ったが、正和がくれた完済証明書を玄関の飾り棚に置きっぱなしにしていた気がした。 「うん。今はその借金を肩代わりしてくれた人と暮らしてるから、あそこには帰れない」 「……こき使われてるのか?」 「違うよ」 「誰なんだ? 知り合いなのか? ちゃんとした人か?」 「ちゃんとしてるよ! 知り合いっていうか……まあ、一緒に住んでるし、そうかな」  なんと説明したら良いか分からなくて純は言葉を濁す。  正和とは純の借金がきっかけで出会い、初めこそ監禁されたり体を好き放題にされたものの、紆余曲折を経て恋人同士となった。今はとても大好きでこれから先もずっと一緒にいたいと思える大切な人だ。 「だったら、俺もついていく。一度そいつに会わせろ」 「え……」 「なんだ?」 「いや、その人仕事で忙しいし」 「それなら終わるまで待ってる」  引く様子がない兄を見て、純は内心困ったなことになったと思いながら唇を噛む。まさか兄と会うことになるなんて思っていなかったし、こんなに急では正和も困るだろう。 「じゃあ、連絡……してみる」  純はぽつりと呟くと、スラックスのポケットからスマホを取り出して画面を点灯させた。  正和はこの前まで二つ折りの携帯電話だったが、つい最近スマホに買い換えたのでチャットもできる。純は開きかけたメール画面を閉じて、チャット画面を開き直した。 「俺の兄が校門で待ってて一緒に帰ることになった。正和さんに会わせろって言ってる。忙しいのに、ごめん」 「それはいいけど、純は大丈夫?」  すぐに既読マークがついて返事がくる。彼は快く承諾してくれて、そればかりか心配までしてくれた。なんだか胸が温かくなって、スマホを握る手にぎゅっと力が入る。

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