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第5話

「……来てもいいって。でも、突然だし……準備とか何もできないと思う」  純は正和に「うん」と短く返事を入れたあと、スマホをポケットに戻して、誠一の顔をチラッと見る。 「ああ、分かってる。急で悪いな」  彼も無理を言っている自覚はあるのか申し訳なさそうにそう言って、シャツの襟を正すように引っ張った。それっきり黙ってしまって、二人の間に沈黙が流れる。  ずっと会話なんてしてこなかったので、今更どう接したらいいのか分からなくて、純は彼の足元をチラチラ見ながら様子を窺う。 「…………留学、どうだった?」  どうにかして沈黙を破ろうと話し掛ければ、誠一は少しだけ眉を上げる。きっと話し掛けられるとは思っていなかったのかもしれない。 「それなりに楽しかったよ。学ぶことは少なかったけどな」 「そっか」 「…………興味あるのか?」 「いや、聞いてみただけ」  そう答えたあとに純は唇をきゅっと噛む。うまく会話が続けられなくて再び静寂が訪れると、閑静な住宅街に二人の足音だけが響き、先ほどよりも気まずさが増した。  お互いに距離感を掴みかねているようにも感じられるが、今までろくに向き合ったことがないのだから無理もない。  だが、心配していたという言葉は嘘ではないのだろう。正和に会おうとしているのだって、純を思っての事だろうということは、言葉の端々からも理解できる。  今まで無視するような態度をとっていたのだって、よく思い返してみれば、母の気が純に向かないようにずっと守ってくれていたのだ。あの頃はまだ小さくて理解できなかったし、客観的にも見れなかったけれど、今なら分かる。  そうこう考えているうちに正和の大きな家が見えてくる。いつも通り裏門から入って玄関に向かうと、誠一は辺りを見回して少しだけ目を見開いた。 「……広いな」 「うん」  リモコンキーで鍵を開けて、扉を開ける。この家に自分が誰かを連れて入るのは初めてなので、少しだけドキドキした。 「上がって」  靴を脱いで中に入るよう促し、廊下を歩く。そうすればリビングのほうの扉からすぐに正和が顔を出した。 「ただいまー」 「おかえり」  柔らかな声でそう言った彼は、珍しくスーツを着ている。普段ならこの時間はラフな格好をしているけれど、兄が来ると聞いてわざわざ着替えたのかもしれない。  このダークグレーのスーツは彼と初めて出会った時にも着ていた物で、普段仕事で着ている物より上質なのが見て取れる。きっと彼の勝負服みたいなものなんだろうと悟って、思わず笑みが零れそうになった。

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