10 / 37

第10話(Ⅰ.不本意な実家暮らし)

「────」 「まあ、母さんが仕切ってたとはいえ、許せるものでもないからな。純は気にしなくていい」  そう言いながら誠一はトロリーバッグをリビングの床に倒して置いてくれた。車輪を拭くために雑巾を取りに洗面所へ向かえば、彼も後をついてくる。  何かを言いたげな兄のほうを気にしながら、純は屈んで洗面台の下にある棚に手を伸ばす。使い古した一枚の雑巾を摘み取って立ち上がると、誠一は控えめに口を開いた。 「ところで、お前。本当に大丈夫なのか?」 「……何が?」 「あの男に……脅されたりしてるんじゃないだろうな」 「はあ?」 「無理やり付き合わされてるんじゃないのか? 本当はどうなんだ?」  心配して疑うような目で見てくるものだから、なんだか少しくすぐったい。 「いや、別に。そんなの全然ないけど」 「…………そうか。なら、まあいい」  そう言いながら納得がいかない顔をしているが、正和に対して好意を寄せていることについては咎める気がないようだ。  こうして実家に連れ戻されたのも、不器用な兄なりに気にかけてくれているのだろう。本気で将来のことを心配してくれているからこその対応だったのだと思うと、苛立ちも少しだけ薄れた。 「とりあえずコンビニ行くか」 「コンビニ?」 「夕飯食べるだろ。それともどっか食べ行くか?」  そう言われて、純はうーん……と考える。正和と暮らし始めてから家で食べることが増えたせいか、コンビニ弁当はあまり気乗りしないし、外食するのも家計的に気が引ける。 「……俺作るよ」 「作れるのか……?」 「まあね。大したもんは作れないけど」  最近は正和のために料理もするようになったから、簡単なものなら以前より手際良く作れるようになった。 「でも今なんもないぞ」 「あー、じゃあスーパー行かないと」  荷解きをした後、二人で買い物に出かけて夕飯を作る。  お互いどこかぎこちなく、けれど、今までの時間を埋めるように会話をして夕飯を食べた。  夜はそれぞれ自分の部屋に行き、ベッドに入る。正和から連絡が来てるかも……と思ったが、電話もメッセージもきていなかった。 (……硬い)  以前なら気持ちよく眠れていたはずのこのベッドも硬くて寝心地が悪い。正和の広い家に慣れてしまったせいか、なんだか息苦しく感じて目をぎゅっと閉じる。 (なんで引き留めてくれなかったんだろう)  そう思ったけれど、あの状況では引き留めたところで、かえって逆効果だ。兄が激昂して収集がつかなくなるだろうことは容易に想像できた。  正和の対応も正しかったのだと頭では理解できる。けれど、あっさり実家へ帰されてしまったのは、やっぱりちょっと悲しかった。 *

ともだちにシェアしよう!