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第15話
*
「本来ならご挨拶を先にすべきところ、順番が逆で申し訳ございませんでした」
土曜日の午前十時過ぎ、純の実家に来た正和は誠一に対して深々と頭を下げた。
純はその様子をドキドキしながら見守る。
「お好きだと伺いましたので、よろしければ召し上がってください」
老舗和菓子屋の数量限定羊羹を差し出すと誠一の目の色が少しだけ変わるが、それくらいで絆されるような人でないことは純も正和も分かっていた。
「ありがとうございます。ですが、純をそちらへ置くつもりはありません」
「はい、それは重々承知しておりますが、純くんへの気持ちは変わりません。未熟な私ではございますが、純くんと温かい家庭を築くために協力しあい、これからの人生を二人で歩んでいければと考えております」
正和の強い決意を感じさせる堂々とした言い方に、誠一は口を噤む。
「俺、も…………正和さんと二人で幸せになりたい」
純が口を出すとは思っていなかったのか、正和も誠一も少しだけ目を見開いた。
「兄ちゃんは後悔するって言うけど、いっぱい考えて決めたし、正和さん以上に大切だって思える人はこれから先もいないよ」
「そんなの分からないだろ。今は周りが見えてないだけで──」
「そんなことない。今は無理でも、卒業したら何を言われようと正和さんと暮らすから」
「純、それは──」
きっぱり言い切れば、正和は困った顔で口を挟む。だが、純はそれを遮って話を続けた。
「一番大変な時に助けてくれなかったくせに。本当に俺のことを思うならほっといてよ」
感情的になって涙がじわりと浮かぶが、零れ落ちる前に手のひらの付け根で乱暴に拭う。
「……正和さんと二人で話がしたいから上行く」
「純」
「何?」
「ああ、いや……分かった」
キッと睨み付けて聞き返せば、誠一は言葉を飲み込んだ。
正和の手を軽く引けば、彼は誠一にぺこりと頭を下げてついてきてくれる。
自室に入り鍵をかけると、ようやく心が落ち着いて、久しぶりに二人きりで会えたことに胸がぎゅうっと切なくなって、彼にそっと抱き付いた。
「正和さん……」
「ふふ、久しぶりだね。会いたかったよ」
「ん……」
しばらく抱き合ったあと、彼の顔を見上げれば、彼はなんだか嬉しそうに辺りを見回す。
「純の部屋、初めて入っちゃった。男の子の部屋って感じでドキドキするね」
「もう……っ」
彼はこんな時でも楽しそうにしているものだから、なんだか気が抜けてしまう。
だが、心からというよりは、半分は純を落ち着けようと思って言ったのだろう。少しすると、そっと肩を抱いて静かに語りかけてくる。
「……純、お兄さんとちゃんと話してみよう?」
「話すって言ったって、話そうとしても全然聞いてくれないし」
「うん。でも、あんな縁を切るみたいな言い方しちゃだめだよ」
正和は優しく諭すように言って言葉を続ける。
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