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第32話(Ⅱ.修学旅行前日)
Ⅱ
修学旅行前日の夜。
荷物は休日に正和と買い出しに行ったから一通り揃った。と、言っても、ほとんどが春休みの旅行の時に使った物で賄えたので、お昼をレストランで食べたりカラオケに行ったりとその時は普通にデートを楽しんだ。
歌っている姿を動画で撮られたのは困ったものだが、それもあとで見返せば楽しい思い出となるかもしれない。
それは別に良いのだが、今はその日の帰り際正和に言われたことが少しだけ引っかかっていた。
明日から旅行だからワクワクしているのもあったけれど、それよりも彼の言葉が気掛かりで、モヤモヤと考え込む内に寝付けなくてリビングに下りてきたのだ。
『今お兄さんと揉めるのはあまり良くない。俺は純が一人前になって一緒に暮らせるまで待つよ』
純を宥めるために何気なく言った言葉なのだろう。世間一般的にもそれが正しいのだというのも理解できる。けれど、それでは何年先になるか分からない。
一緒にいる居心地の良さを知ってしまったからこそ。それを無理やり引き離されてしまったからこそ、今の状況が続くのは耐えられなかった。
こんなことで気が立つのは、自分が子供過ぎるのか、それとも彼に依存してしまっているのか。
いや、一番の原因は彼があっさりしすぎているからだ。いつもは心が狭いくせにどうして……と、自分でも分からない思いや色んなことが綯 い交ぜになって、焦燥していた。
冷蔵庫から取り出した水を飲んで頭を冷やしながら、ぼーっと明日の荷物を視界に入れる。
(嫌われてはない……はず)
もし彼に好かれていなかったら、わざわざ何度も頭を下げに来るなんて面倒なことはしないだろう。そう思うのだが、モヤモヤは中々消えてくれない。
(……兄ちゃんなんかの許可なんて、必要ないのに)
そもそも今まで家族という扱いではなく、居候の邪魔者扱いと言った方がしっくりくるくらい、この家には馴染んでいなかった。それを今更家族面されても困るというのが本音だ。
そう考えたところで、正和が家族を凄く大切にしていることに思い至る。それは正月に集まった時も感じたことだが、自分の家とは全然違った温かい空気が流れていた。
そう考えると、仮初めとはいえ夫婦になった純とその兄に対しても、家族として良好な関係を築こうとしているのかもしれない。
彼は純が気を荒立てるたびに家族は大事にしたほうが良いと言っていた。
(でも、どうやって……)
答えの出ない自問を何度か繰り返したところで、兄が階段を下りてくる気配がした。
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