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第33話

「──まだ起きてたのか」 「…………」  兄の言葉にどう返すべきか逡巡して、部屋に戻ろうと口を開く。だが、それより早く彼が会話を続けてしまう。 「土曜日は六時には戻ってくるんだったか?」 「……そうだよ。六時解散予定。しおりもそこにある」  キッチンカウンターを目で示せば、誠一は旅行のスケジュールが書かれたしおりを手に取り、ページを捲った。 「明日は何時に出るんだ?」 「七時」 「それだと間に合わなくないか? 場所分かってるのか?」  続けざまに質問されて、ほんの数瞬躊躇ったあと正直に告げる。 「……車で、送ってもらうことになったから」 「──そうか」  誰に、なんて聞くまでもなくすぐに察しただろう。誠一は一瞬眉を顰めたものの、すぐに相槌を打ってしおりに目を落とす。  お互いに気まずくて会話が続かず、普段なら聞こえないような冷蔵庫の音や車の走行音がやけに大きく感じる。 「────あの、さ」  そんな中、純はさりげなさを装って話しを切り出す。 「なんだ?」 「兄ちゃんは……正和さんのこと、どう思ってる?」  恐る恐る問いかければ、しおりを見ていた彼は視線だけこちらに向ける。 「やっぱり、男同士は……気持ち悪いって思う?」 「いや、そんなことは──」 「思ってるだろ。だから、反対してんじゃん」  できるだけ声を荒げないように冷静に……と思っていたが、つい遮るように否定してしまって、再び沈黙が落ちる。 「──それは、違う。留学先(あっち)でもそういう人たちは目にしたし、確かに珍しくて目を引くが、そう思ったことは一度もないぞ」 「……じゃあ、本当に俺のためだと思ってる?」 「ああ。お前には幸せになってほしい」 「幸せ? 俺は今こんなに苦しいのに?」 「……そう思うのは、今だけだ」 「なんだよ、それ。……帰りたい」  純の訴えに息をのみ、少し辛そうな表情を見せたものの返ってくるのはやはり、要領を得ない言葉ばかりだ。そんな兄に痺れを切らし、ぽつりと本音を漏らしてしまった。  だが、これではダメだと思い直す。  落ち着いて客観的に会話をしようとしているのに、感情的になって余計なことを言ってしまっては、いつまで経っても交際を否定する明確な理由を聞き出すことができない。  「それって先入観で否定してるだけじゃないの?」 「違う。俺はお前のことを思って──」 「じゃあ、なんでダメなの? 正和さんに何の問題もないじゃん」  重ねて問えば、誠一は眉を顰めて、口を真一文字に結ぶ。その表情を見て、やはりちゃんとした理由なんて持ち合わせて無いんじゃないかと思った。

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