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第35話

 体から体温が遠のいて指先が冷えるのを感じる。考えを纏めようとしてもそれを邪魔するように心臓もうるさい。  どう説明すれば兄にちゃんと伝わるのか、それとも純が折れるまでダメな理由を延々と挙げられるのだろうか。 「だが、長男だろう? 完全に任せられるとは思えないけどな」 「必要なら養子を迎えるって」 「お前は分かってない。跡継ぎが養子でいいわけないだろう」  誠一は呆れたように眉を顰めて、手に持ったままだった旅行のしおりをテーブルに置く。 「そんなの……正和さんがそれでいいって言ってるんだから──」 「本人がそう思っていても無理だ。家の跡継ぎってのはそんな簡単な問題じゃないんだぞ」 「っ……なんで知りもしないのに決めつけるんだよ。正和さんの家族だってそれでいいって言ってるのに」 「家族って全員か? 親戚含めて皆がそう言ったのか? そうじゃないなら大丈夫とは言えない」  責めるように言われて、口下手な純はどんどん言葉に詰まる。特に兄が初めてちゃんと意見してきた一番最初の質問──将来については、今まさに悩んでいる最中だったのだ。  そんな時に兄と再開して、こんなことになってしまったから、まだはっきりと定まっていない。そんな心の内が表れるように言葉がぼやけて、自分の意見は間違っていないと思えるのに上手な反論は見つからなかった。  俯いてぎゅっと唇を噛めば、誠一は追い討ちをかけるように畳み掛けてくる。 「家族や社員、あの人の周り全員を呼んで式を挙げられるか? そんな覚悟、お前もあの人もないだろう。そもそも立場上カミングアウトは難しいだろうけどな。純、一度落ち着いて考え直せ」  話は終わりだとばかりに最後は諭すように締めくくる。だが、誠一が話題にしてくれたことで、以前正和が言ってくれた言葉を思い出し、純は顔を上げる。 「俺は覚悟できてるし、身内呼んで披露宴もやるって言ってた」  誠一から視線を逸らさずはっきりと言った。彼が僅かに目を細めるのを見て、何かを言われる前に言葉を続ける。

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