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第36話

「正和さんは……裏切る人じゃないし、もしそうなったとしてもその時はその時だよ。そんなの他の人と結婚したって簡単に浮気したり離婚したりするんだから考えたってきりないじゃん。それに何度も兄ちゃんに会いに来るのってそれだけ真剣ってことだと思うけど」  兄が自分の保身の為だけでなく、純のことも心から心配してくれているのはこれでようやく分かった。  だが、相手が誰であれ他人である以上、遠い未来を憂い悩んでも仕方がない。誓い合った時の彼の言葉を信じているし、彼の家族にも理解してもらえてると思ってる。  何より純が学校生活を終えたら披露宴もやると言ってくれた。立場上皆には言えないのかもしれないが、それでも彼の誠意であり、けじめなんだと思っている。  純もあまり大っぴらにしたいとは思っていないし、それで十分だ。 「……それだけ?」 「何がだ……?」 「兄ちゃんが反対してる理由って、それだけ?」  誠一の今の話だけでは、やはり彼に特別欠点があるわけではなく、男同士が世間一般で「普通ではない」から、どうしても別れさせたいようにしか思えなかった。 「もし、他にもあるなら今全部言って。……ちゃんと、考えるから」  誠一と目をしっかり合わせてそう言えば、彼は言おうか言うまいか少し悩んだ後、おもむろに口を開く。 「……あいつは、猫を被ってる」 (うっ……)  それは、否定できない。正和の外面の良さに純は簡単に騙されたが、あそこまで作られた態度だと疑うのも頷ける。 「確かに……兄ちゃんの前だと、猫被ってるっていうか、ちゃんとしてるけど……そんなの、大事な人の家族に会うなら当前じゃん。俺だって被るよ」 「それもあるが……そうじゃない。どうも胡散臭いし、あれは絶対悪癖があるぞ」 「悪癖? 正和さんは悪いことなんかしてないけど」 「いや……性格が表裏が激しいとか、酷い性癖があるとか、そういう感じの目をしてる」  それは……、否定できない。フォローもできない。 (てか、それってどんな目?)  けれど、フォローしなくては正和の印象が悪くなってしまう。 「……人を見た目で判断するのは、よくないと思う。それに裏表があるってことは、性格悪いの自覚してるから人に不快な思いをさせないようにって、気遣いのできる人って意味でもあるんじゃないの?」 「それはそうかもしれないが、ずっと一緒に居たらそのうち本性を表すかもしれないだろう」 「俺は正和さんがそういう性格だったとしても気にしないよ」  あくまで正和の性格は悪くない前提で話していたが、兄を納得させるには彼の悪いところも少しは話した方がいいのかもしれない。  だが、悪い印象が強く残っても困るし、その辺のさじ加減は純には苦手だ。 「あとは? 他にはもうない?」 「……そうだな。今のところは」 「わかった。あとで考え直す。……今日はもう寝るね。おやすみ」 「ああ、おやすみ」  兄が反対する理由を引き出せるだけ引き出したところで、再び背を向けて今度こそ階段を上る。  このことは正和とも再度話し合うことになりそうだが、ひとまず明日から修学旅行だ。かなり遅い時間になってしまったし、明日は朝が早いから少しでも長く眠るべく、考えは一旦脇に置いて早急にベッドに潜った。

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