2 / 14

第2話

◇◇ “対獣人世界人類大戦”で人類が獣人に敗北してから、数年。 残された人類は獣人達から隠れるように、ひっそりと各地で命を繋いでいた。 ウィリアムズ一家も、その一つ。 両親、アルバートとその弟、そしてまだ幼い赤子の計五人で構成されるウィリアムズ一家は、小さな洞穴で暮らしている。 幸いなことに、洞穴の近くには小さながらも湖があり、そしてなだらかな山があった為、一家は水にも食料にもそれほど困らなかった。 しかし昼間は獣人達が活発になる為、外に出ることが出来なかったし、娯楽と呼ばれていたものは何一つなかった。 限られた空間の中、毎日が危険と隣り合わせで、いつ死んでもおかしくない。 そんな過酷な生活でも、一家は悲観することなく、毎日を懸命に生きていた。 アルバート達にとっては、豪華な食事や綺麗な住宅よりも何より家族の方が大切だったし、むしろそれだけで満ち足りていたのだ。 陽が落ち、空が薄暗くなってきた頃、アルバートは父と一緒に、食料を調達するため外へ出た。 アルバート達の主な食料は、キノコや山菜、貝、小さな動物、魚といったようなものだ。 大抵はそれで事足りるが、たまに食料が十分に調達出来なかったときは、獣人達の食べ残しを取ってくることもある。 茂みに身を隠しながら、大きな音を立てないように、アルバート達はそろそろと歩く。 昼間と違い、夜はとても静かだった。 唯一アルバートの耳に届くのは、虫の鳴く音と、風がそよめく音くらいだ。 こうして外を歩いていると、一瞬、まだ人類が地球上に沢山存在していた頃に戻ったような錯覚に陥る。 父の後をついて、アルバートが草むらを歩いていた時だった。突然、父が足を止めた。 どうしたの、アルバートはそう聞こうとして、はっと口を噤んだ。 父の視線の先。 ここから数メートル離れた草むらの中に、何かが立っている。 ーー獣人だ。 ふさふさの鬣を風になびかせ、黙ってアルバート達を見つめていた。 月の光に、照らし出された獣人の手元がキラリと光る。 それが槍だと分かった瞬間、アルバートの首筋を嫌な汗が伝った。 「と、っ父さん…」 「…よく聞け、アルバート」 震えながら呟いたアルバートに、父は獣人をしっかりと見据えながら、囁くように言った。 「今から、父さんが三つ数える。そうしたらお前は、母さん達のいる洞穴まで全速力で走れ。まだそう遠くまでは来ていないから、お前の足なら三分くらいで着くはずだ」 「…でも、それじゃあ父さんは」 「大丈夫だ、必ず後で父さんも戻る。…約束するよ」 父さんは、顔を獣人の方へ向けたまま、アルバートを自分の後ろへ行くように促した。 アルバートが素直にそれに従えば、父さんは小さく頷いた。 「お前は俺の子だ。…出来るな」 「…絶対、帰って来て」 父はもう一度頷くと、静かにカウントダウンを始めた。 三、二、一。 一のタイミングで、父が勢いよく走り出すのと同時に、アルバートも洞穴の方に向かって走り出す。 大丈夫、父さんはきっと無事だ。 帰ったら、母さんと兄弟達が待っている。 今日もまた、いやこれからもずっと、家族五人で暮らしていける。 父の言葉を信じ、アルバートは懸命に住処の洞穴に向かって走る。 やがて、前方に洞穴が見えてきた。 あともう少しだ。自分を鼓舞し、アルバートは必死に足を動かす。 洞穴まで、あと数十メートル。 ーーそこでふと異変に気が付き、アルバートは足を止めた。 洞穴の前に、誰かがいるのだ。シルエットからして、母さんやら妹ではない。 背中が、ぞくりと冷えた。心臓の鼓動が、早くなっていく。 はやる気持ちを抑え、息を殺して、アルバートはゆっくりとそのシルエットに近付いていく。 膝が震えて上手く歩けなかったが、やっとの思いで数メートルというところまで近付いたとき、月光に照らされたシルエットの正体がはっきりと見えた。 二メートルをゆうに超える大きな体躯、ふさふさの黒い毛、手足に生えた鋭い爪、大きな口。ーー人間ではない。獣人だ。 獣人の手元から、ぐちゃりと何かが潰れるような音が聞こえた。 続いて、ごとりと、重さを持ったものが地面に落ちる。 見たくない、反射的にそう思ったが、顔を逸らすことが出来なかった。 月明かりに照らし出されたものーーそれは、事切れた母の遺体だった。

ともだちにシェアしよう!