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第5話
◇◇
アルバートは目を覚ますと、違和感を覚えた。
ベットが妙に柔らかで、ふかふかしている。
アルバートは寝惚け眼できょろきょろと周りを見回し、やがてここがいつもの洞穴ではないことに気が付く。
ーー自分は一体、どこへ来てしまったのだろう。
覚醒直後のぼんやりとした頭で、アルバートは考え始めーーそこでやっと、昨晩リオルと名乗る獣人の家へ泊めてもらったことを思い出す。
「…そうだ、忘れてた」
アルバートは一人苦笑すると上半身を起こし、上へ大きく伸びをした。
そこではと、窓から一筋の光が、部屋の中へ射し込んでいるのに気がつく。
アルバートはベットを出ると、見えない糸に引かれるように、窓際へと歩み寄った。
群青色のカーテンの隙間から漏れる光に、アルバートの胸が高鳴る。
ドキドキしながらアルバートはカーテンに手を掛け、そして一気に端へと押し退けた。
シャッ、という音ともに、眩いくらいの光が部屋へ入ってきて、アルバートは一瞬目を細めたが、次に眼前に広がった景色に、はっと目を瞠った。
風に揺れる、青々と生い茂る草木。それらの中に混じって咲き誇る、色とりどりの花々。
遠くに広がる、青く澄んだ海。朝日を受けて、金色に光る麦畑。
ーーいつぶりだろう。
こんなに美しい景色を目にするのは。
アルバートの胸に、熱い想いがこみ上がってくる。
いつだって、大切なものは失ってから大事だと気付く。
昔は当たり前だった、景色。
それが今は、思わず涙が零れてしまいそうなほどに、美しく尊いものに見える。
不意に、トントン、と寝室の扉がノックされた。
アルバートが扉の方を振り返ると、おはよう、とリオルが部屋へと入ってくる。
リオルは窓際に立つアルバートの姿を見るなり、もう起きていたのか、と拍子抜けしたように言った。
「てっきり、疲れてまだ眠っているのかと思っていたのに」
「リオル!ちょっとこっち来て」
アルバートはリオルを見るなり駆け寄って行き、興奮冷めやらぬ様子でリオルの服の裾を掴んで窓際へと引っ張って行く。
何だ何だと戸惑うリオルに、アルバートは窓の外を指差して、半ば叫ぶように言った。
「見ろよ、これ!すごく綺麗!」
言われるがまま、リオルは窓の外へと目を向け、首を捻った。
リオルにとっては色とりどりの花々も、青く広大な海も見慣れた景色でしかなく、アルバートがなぜこんなにはしゃいでいるのか理解出来なかったのだ。
「取り敢えず落ち着け、アルバート」
「落ち着けるかよ!すげえよ、こんなに綺麗な景色見たの、久しぶり…!」
その言葉を聞き、リオルはアルバートがなぜこんなにもはしゃいでいたのか、納得した。
ーーそうか、自分達獣人に自由を制限されていたから。だからこんなにも、嬉しそうなのか。
「…すまない」
リオルの銀の毛で覆われた手が、アルバートの髪を1束掬い上げた。
一瞬、アルバートはびくりと体を強張らせたが、前のように手で払ったりはしなかった。
「…アルバート」
「…ん?」
「散歩に行かないか。…オマエに、もっと綺麗な景色を見せてやりたい」
アルバートは、突然のリオルからの思いがけない申し出に、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「…散歩、って……それ、本当に言ってる?」
「ああ、勿論だ」
リオルは、こくんと頷く。
その返事に、アルバートは視線を彷徨わせ、困ったように眉尻を下げて、目を伏せた。
「嬉しいけど、…出来ねえよ。迂闊に外に出たら、殺されるかもしれないし、…それに」
アルバートはそこで言葉を切って、数秒後、小さく付け加えるように呟いた。
「人間と一緒にいるところを他の奴らに見られたら、…アンタ、変に誤解されちまうだろ」
アルバートの言葉に、は、とリオルは喫驚した。
ーーつい先日、獣人によって家族を奪われたばかりだというのに、それでも獣人の身を案じてくれる。何て健気で、優しい青年なのだろう。
リオルはふ、と微笑んで、アルバートの方へ手を伸ばした。
その手が、アルバートの頰にそっと触れて、けれどすぐに離れる。
「…リオル?」
「……私のことなら、心配しなくていい」
リオルはアルバートの手を取ると、その目をじっと見つめ上げた。
「何があっても、必ず私がオマエを守ろう。信じてくれ」
澄んだサファイアの瞳に、アルバートの心臓がとくとくと早くなる。
ーー獣人の言うことなど信じるものか、昨日まではそう思っていたのに、今は素直に、信じたいと思える。
リオルが、獣人らしくないからだろうか。
それとも自分が獣人に対して抱いているイメージが、間違っているからだろうか。
もしかしたら案外、自分が見ていたのは一部の例外の方で、本当はリオルみたいな優しい獣人の方が多いのかもしれない。
「…分かった、ありがとう」
アルバートは軽くリオルの手を握り返して、はにかみ笑いを浮かべた。
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