6 / 14
第6話
◇◇
リオル自身、四つ足で走るのは久しぶりだったので、上手く走れるかと心配だったが、どうやらその心配は無用だったらしい。
アルバートを背中に乗せたリオルは、疾風の如く、風を切って颯爽と駆け抜けて行く。
リオルがアルバートに見せたい場所は、沢山あった。
若葉が芽吹く木々、山に生えている珍しい山菜、透明な青い小川、美しい花々が咲き誇る野原。
その全てを、アルバートに見せたかった。
いや正確には、それらを見たアルバートがどんな表情をするのか、見てみたかったのだ。
途中、「そんなに飛ばして、大丈夫かよ?疲れねえの」とアルバートが聞いたが、リオルは大丈夫だとだけ言って、懸命に足を動かした。
日没までに全てを見て回るには、かなりのハイスピードで移動しなければならなかった。
リオルの努力は、無駄にはならなかった。
アルバートはリオルに連れて来られた場所で、きらきらと目を輝かせ、はしゃぎまわった。
「リオル!見ろよ、めっちゃ大きい魚泳いでる!」
「あっ、向日葵!すげえ、まだ夏じゃないのに咲いてる!」
「わ、変な色のキノコ生えてる!これって、絶対毒キノコだよな」
見慣れた風景の数々、どこにでもあるもの、昔だったら当たり前だったもの。
それらが今は、久し振りに昼間に外に出たアルバートにはとても新鮮で美しいものに思えた。
◇◇
「…そろそろ、帰ろうか」
リオルがそう言ったのは、もうすっかり空が橙に染まった頃だった。
流石に、予定していたところ全ては回りきれなかったが、アルバートの喜ぶ表情を見れただけで、リオルは十分に満足していた。
「うん、そうだな。……あ、でもちょっと待った」
リオルの背にしがみついたアルバートは、その上で揺さぶられながら頷き、それから前方を指差しながら、付け加えた。
「少し、休んでいこうぜ。…ほら、あそこの海辺とか、良さげじゃねえ?」
アルバートの指の先には、確かに綺麗な海がある。
ずっと走り続けていたリオルには、アルバートの提案はとても有り難いものだった。
リオルは頷くと、前方の海を目掛けてスピードを速めた。
二人は近場の砂浜まで来ると、並んで腰を下ろした。
リオルは一日中走り回ったせいで疲れていたので、座るなり、ごろんと砂浜に寝転がった。
「あ、…いいな、俺も」
アルバートも真似して、リオルの側に横たわる。
夕陽が、薄茶色の砂浜に隣り合って寝転ぶ二人の影を落とす。
「…今日は、楽しかったか?」
「うん、すごく」
リオルが問うと、アルバートはこくんと大きく首を縦に振った。
「全部、見たことあるはずなのに……初めて見るものみたいで。十八年以上生きてきたけど、今日ほど世界が美しく見えたことはないよ。……ありがとう、リオル」
アルバートが、夕日の中で微笑む。
は、と息を呑んだリオルの頬を、さらさらとした少し涼しい風が撫でていく。
「…アルバート」
「…ん?」
「…オマエは、私の知っている人間とは違う」
リオルの手が、アルバートの方へ伸ばされる。
その指の先がアルバートの髪に触れ、優しく撫でていく。
「…傲慢でなく、利己的でなく、…純粋で美しい」
アルバートの心臓が、とくんと高鳴る。
リオルはアルバートの後ろの夕陽を眺めながら、眩しそうに目を細めた。
「もうずっと、子供のころのことなんて忘れていた。けれど、オマエに会って、あの時の純粋な気持ちを、束の間思い出すことが出来た。…礼を言うのは、こちらの方だ。ありがとう、アルバート」
「…え、……っあ、いや…」
アルバートの顔が、かあ、っと赤く染まる。
人に礼を言われることに、十分に慣れていなかったのだ。
アルバートはあたふたと視線を泳がせた挙句、目を伏せて俯いた。
「……どう、いたしまして」
ーーアルバートは産まれて初めて、夕陽が橙色で良かったと思った。
ともだちにシェアしよう!