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第7話

◇◇ その日からリオルは、アルバートを色々な場所へ連れて行ってくれるようになった。 家の近くにある場所から、峠を一つ越えた隣町まで。 久しぶりに見る外の景色にアルバートは心を躍らせ、あちらこちらを指差して、日が暮れるまで楽しそうに駆け回った。 「リオル、こっち来て!」 リオルはその様子を見ていただけだったが、アルバートにそう言われて手を引かれると、笑って一緒に走り始める。 狼の姿をした獣人と、小柄な人間の青年が、共に手を取り自然の中を楽しそうに歩いている。 それはまさに、平和という二文字を具現化したような光景だった。 ーーしかし、人間と獣人の関係を良く思わない者がいるのも事実である。 ◇ 「あっれェ、リオルじゃん」 ガサ、ッと背後の茂みが揺れ、森の中を探検していたリオルとアルバートは、はっと後ろを振り返った。 「…動くな」 その瞬間、二人の目の前に小柄なナイフが突き付けられた。 突然のことに動揺するアルバートと対照的に、リオルは落ち着き払っていた。 守るようにアルバートの前に手を広げ、ナイフの持ち主をじろりと睨みあげる。 「やぁ、久しぶりだねェ、リオル」 「…ユーリ」 ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべるユーリと呼ばれたその獣人は、リオルと同じように狼の姿をしていた。 違う点といえば、リオルの毛は銀色だけれど、ユーリの毛はくすんだ灰色をしているということぐらいだ。 ユーリはちらりとアルバートを一瞥すると、目を細め、ふん、と鼻で笑った。 「人間とお散歩とは、オマエも随分と成り下がったものだなァ。昔は人間を嫌い、硬派を気取っていたのに」 「…黙れ、貴様には関係ない」 「うっわ、冷た。久しぶりにあった旧友なのに、つれないなぁ」 そう言って、大袈裟に肩を竦めてみせるユーリに、リオルは何か言いたげに口を開きかけて、けれどすぐに、唇をきゅっと結ぶ。 そして、ユーリからふいっと顔を背けると、アルバートの手を引いて歩き出す。 「今忙しいんだ。…用がないなら、行くぞ」 「リ、リオル…?」 ーーこの二人、何かあったのだろうか。 アルバートがそう勘ぐりながら、ユーリの横を通り過ぎようとした時、不意に空いた方の手を掴まれた。 驚き、小さく声を上げたアルバートに、ユーリはぐっと顔を近付けた。 「っユーリ!何やってる」 異変に気付いたリオルが、振り向いて怒鳴ったが、ユーリはそれをさらりと躱すと、戸惑うアルバートの耳元に唇を寄せ、囁いた。 「…ねえキミ、…リオルとは付き合ってるの?」 付き合っている、その言葉に、アルバートは自分の顔が熱を持っていくのを感じた。 同時に、自分の中にある不純な気持ちに酷く嫌悪感を覚えた。 手を振り払い、眉を潜めてユーリを睨む。 「っ馬鹿言うな、友達に決まってんだろーが…!」 「おーおー、顔真っ赤にしちゃって、可愛いねェ。……じゃあまだ、誰のものでもないってことか」 ユーリはにやりと笑うと、アルバートの顎を人差し指で掬い上げた。 「…なら、狙っちゃおうかなぁ、俺」 ユーリの濃い、血のような色の瞳が、アルバートを見つめる。 どくん、とアルバートの心臓が大きな音を立てた。心臓の鼓動が、早くなっていく。 「アルバート!…行くぞ」 リオルに名前を呼ばれ、アルバートははっと我に帰った。 リオルはユーリには目もくれず、アルバートの手を強く引くと、ずんずんと歩き始める。 「…またね、リオル」 途中、後ろからユーリの声が聞こえたが、リオルは振り返らなかった。 ◇ 「…リオル…?」 ユーリという獣人との遭遇から約十分。 リオルは、一言も喋らなかった。 黙ったまま、ただあの場から離れるように、アルバートの手を引いて歩いていく。 「待って、待てってば…!」 アルバートは何度も声をかけるが、聞こえているのかいないのか、返事をしてはくれなかった。 こんなリオルは初めてで、最初は戸惑っていたアルバートだったが、段々と、黙っているリオルに対して苛立ちを覚え始めた。 ーーどうして、何も喋らないんだ。 あいつと、何かあったんだろう。 話してくれれば、解決にはならなくても、少し心が軽くなるかもしれないのに。 俺が、まだ出会って数日の他人だから……だから、話してくれないのだろうか。 「…ッリオル!!」 アルバートが大きな声で名前を呼べば、やっと、びくりと身体を震わせ、弾かれたように振り返る。 「な、何だ…?」 「何だ、じゃねえよ。さっきからアンタ様子おかしいよ。……あいつと、なんかあったの?」 「……」 リオルは黙ったまま、俯く。 無言を貫くリオルに、アルバートは自分が馬鹿にされているような気がして、激しい苛立ちを感じた。 ぎゅうっと拳を握り締め、感情のまま、吐き棄てるように呟く。 「…所詮俺は、何の関係もない赤の他人だから……話す義理はねえって、そういうことかよ」 「…そういうことでは」 「じゃあ、何でずっと黙ってんだよ⁉︎あいつとのことは俺みたいな何の関係もない奴には話せないって、そういうことだろ!」 言い終えたアルバートは、肩を上下に動かして荒い呼吸を繰り返しながら、ばつの悪そうな表情で、視線を下へと落とした。 自身の行いを悔いるように、前髪をぐっと掴み、ぎゅうっと唇を噛んで、ごめんと小さく呟く。 「俺……つい、カッとなって」 「いいんだ、私の態度が悪かった。…すまない。……そこに座ってくれるか」 リオルは首を横に振ると、近くの岩の上に腰かけ、アルバートにも隣に座るよう促した。 アルバートが言われた通りに岩の上に座ると、 リオルは少しの間黙っていたが、やがて決心したように、ぽつりぽつりと話し始めた。 「あいつは、…ユーリは、元は私の仲間だったんだ。優しくて、思い遣りがあって、上にも下にも、頼られる存在だった」 「リオルの、仲間…」 「そうだ。私達狼は…基本、群れで移動する。つまり、同じ群れの中に、私とユーリはいたんだ」 リオルはそこで言葉を切ると、昔を回顧するように、空を仰いだ。 「…けれど戦争で、人間に家族を奪われ、…すっかり変わってしまった。さっきも見た通り、捻くれて歪んでしまった。私はそんなあいつに嫌気がさし、群れを離れ、森の中で一人で暮らすようになった。私は、逃げたのだ。向き合うことを、諦めたのだ。……あいつもまた、私と同じ、戦争の犠牲者だったのに」 アルバートの胸が、ずきんと痛む。 ーー飄々としていて、全然そんな風には見えなかったけれど、あいつもまたリオルと、ひいては自分と同じく、孤独なのだ。 戦争の、時代の、犠牲者なのだ。

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