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第8話

「戦争は、表面上は終わったということになっているが……本当は、まだ終わっていない。憎しみも恨みも、何もかも解決していない。戦争が本当に終結したと言えるのは、双方が互いを許し、共に手を取って生きていけるようになったときだと、…そう私は思う」 「……すごいな、アンタは」 呟いたアルバートの言葉が、風にさらさらと溶ける。 夕陽を浴びて、リオルの瞳がきらきらと輝いた。 アルバートには、その横顔が何だかとても、美しく見えた。 「…私はこの戦争に、本当の意味での終わりを一刻も早くもたらしたいと考えている。戦争の、…犠牲者の為にも」 リオルはそこまで言うと、おもむろに立ち上がり、妙に明るい声でよし、と言ってアルバートを振り返った。 「湿っぽい話をしてしまったな、すまない。…さて、もう少しで陽が落ちるな。今日はこの辺にして、戻ろうか」 ◇ 「待って、リオル」 いつものように、アルバートをベットまで運び終えると、リオルはアルバートに背を向ける。 ここまでは、この数日と何も変わらない。 しかし、この後はいつもとは違った。アルバートはその背中に、思い切って声をかけたのだ。 「…今日は、一緒に寝てくれない?」 「……は」 ぱちくりと目を瞬かせたリオルに、アルバートは慌てて、弁明するように付け加える。 「違うよ、あの…ほら、アンタいつもソファーで寝てるだろ?だから、背中痛いんじゃねえかなって、思って…それで」 アルバートの言い分に、成る程、とリオルは頷いた。 確かにアルバートが来てからというもの、リオルはずっと、リビングのソファーで寝ている。 しかし、一緒に寝るというのは、少しまずいだろう。 アルバートの提案に、リオルは首を振った。 「…いや、私のことなら心配しなくて大丈夫だ」 「…なんで?いいじゃん、寝ようよ」 「しかし……」 渋るリオルの前で、アルバートは布団を持ち上げ、とんとんと自分の横のスペースを叩く。 早く、と催促するアルバートに、リオルは尚も躊躇う。 その内痺れを切らしたのか、アルバートはとうとう布団から手を出すと、ぐいっとリオルの手を引っ張った。 「…っあ、あるば…」 「ここ、アンタのベットだろ。俺に気ぃ遣わなくていいから。ほら、早く来いよ」 リオルは戸惑うように視線を彷徨わせ、それから観念したように、目元を柔らかくして微笑んだ。 「…すまない。では、お言葉に甘えさせていただくよ」 「うん、それでよし」 リオルはそろそろとベットに潜り込み、アルバートの隣に寝転ぶ。 ーーしかし、ベットに入ったはいいものの、なんだか落ち着かない。 手はどこに置こう、体勢は変じゃないだろうか、なんてつい考えてしまう。 自分のベットだというのに、他人がいるとこうも違うものなのか、とリオルは妙に感心しながら、アルバートに背を向ける。 「…っ!」 リオルが思案していたとき、突然、背中に何かが触れた。 リオルが慌てて上体を捻り振り向くと、案外近くに、人間の青年の顔があった。 「ち、っ近い…!」 「…だめ?」 「駄目だ、もう少し離れて」 「…なんで?」 黒く丸い瞳に見つめられ、リオルはうっと言葉を詰まらせた。 近付いてはいけない理由。 リオルは必死に頭を巡らせ、はっと頭に浮かんだ妙案を、慌てて口にした。 「ほら、私は獣だから、寝ている間にこの鋭い爪でオマエを傷付けてしまうかもしれない。あまり近付いては、危険だろう?」 咄嗟に思いついた案だったが、案外筋は通っている。 どうだ、とリオルは同意を求めるようにアルバートを見た。 「…リオルは多分、そんなことしないよ。たとえ、無意識でも」 「……ど、どうしてそんな風に言い切れる?」 「うーん、…何となく?」 アルバートは首を横に振って、リオルをじいっと見つめあげた。 数秒間、二人が見つめ合う沈黙の時間が続く。 先にその沈黙を破ったのは、リオルだった。 「っとにかく、あまり近付かないでくれ」 リオルはアルバートの肩を押すと、少し後退した。 ちぇ、っとアルバートはつまらなさそうに唇を突き出すと、ふいっと顔を背けた。 リオルはアルバートと距離を取れたことに安堵しながら、うるさく鳴る胸を抑えた。 ーー本当は、アルバートの側にいると妙に心臓がドキドキして体温が上昇するからだ、なんて……口が裂けても言えない。 「……なぁ、リオル」 不意に、一度背を向けたアルバートが振り返り、リオルの方へともう一度体を向けた。 アルバートの行動に、今度は何を言われるのかと、リオルは身構えた。 「…俺さ、どうしたらいいのかな」 しかし、アルバートの唇から零れ落ちた言葉は、リオルが予想していたものとは違った。 質問の意味が分からず、リオルが黙って続きを促すように見つめれば、アルバートはぽつりぽつりと小さな声で話し始める。 「……ずっと、獣人が悪者で、人間はそうじゃないって思ってた。そう信じて疑わなかった。けど、…人間も、獣人から見れば同じように悪者で憎まれてるってことに気が付いた」 アルバートはきゅっと唇を結ぶと、眉を潜めた。 「……結局どっちが悪者なのか、考えれば考えるほど、分かんなくなって。獣人(アンタ達)なんて全員滅びればいいと思ってたけど、今は人間側(俺達)が退くべきなんじゃないかって思えてきた」 窓にかけられた群青色のカーテンが、さらさらと揺れる。 隙間から差し込む月の光が、アルバートの顔を照らし出した。 その憂いた表情に、リオルははっと息を詰まらせた。 「…なぁ、リオル。アンタはどっちがより悪者で、どっちが生き延びるべきだと思う?」

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