13 / 14
第13話
◇
ーー気まずい。とても。
ちらりとリオルの顔を見上げて、話し出す気配がないのを確認すると、アルバートの唇から小さな溜息が漏れる。
「じゃあ、お邪魔者は消えるから。後は二人で、ごゆっくり♡」なんて、ユーリが気を利かせて二人きりにしてくれてから、早数分。
二人の間にはずっと、沈黙が続いていた。
その間、アルバートは何度か口を開きかけて、すぐに閉じるという行為を繰り返していた。
伝えたい言葉は沢山あるのに、どう切り出していいものか、分からなかったのだ。
「……あの、リオル」
それでも、意を決してアルバートが言葉を発すれば、リオルが顔を上げた。
ガラス玉のような瞳と、視線が交錯した。
脈が、どくどくと早くなっていくのを感じた。
「……っえと、…ごめん、俺…その」
ーーそんなに、見つめないでほしい。
アルバートはリアルの視線から逃げるように俯いき、ぼそぼそと呟くように言葉を紡いだ。
「だ、黙ってたけど……俺、Ωなんだ。今、丁度発情期来てて…それで、あのっ…」
アルバートはぎゅっと拳を握り、上手く回らない舌をもどかしく思った。
ーー言いたいことはこんなにも沢山あるのに、上手に言葉にすることが出来ない。
不意に、リオルの手がアルバートの方へと伸びた。
驚いたアルバートが少し身を引くが、構わず片手は腰に、もう片方は首の後ろへと回される。
リオル、と戸惑いがちに呟いたアルバートの身体が、次の瞬間、一気にリオルによって抱き寄せられた。
「っ、な、何して…!」
「…どうして、言わなかった」
「えっ…?」
ぎゅ、っと強く抱き締められ、アルバートは困ったように、すぐ近くにあるリオルの顔を見上げた。
閉じられた眼を縁取る、長い睫毛。
その先に光る透明な玉に、束の間、アルバートの目は奪われる。
「…悩み事があるなら、打ち明けて欲しかった。オマエにとっての私は、…悩みも相談できないほど、頼りない存在だったのか?」
リオルの表情を見て、は、っとアルバートは息を呑んだ。
ーーそうだ。あの日、ユーリとのことを中々話さなかったリオルに、馬鹿にされているような気がして嫌な思いをしたのは、自分なのに。
それなのに自分は、リオルに同じことをしたのだ。
「…ごめん」
アルバートの瞳から、涙が零れ落ちる。
「でも、…怖かったんだ。もしかしたら俺、リオルに醜い姿を見せてしまうかもしれない、っそしたら…嫌われるんじゃないかって、思った。…アンタに、嫌われたくなかった」
言い終えてから数秒後、アルバートは、はっと唇を抑えた。
ーー嫌われたくない、なんて。これではまるで、愛の告白だ。
気持ち悪いと思われたかもしれない。
アルバートが慌てて弁明しようとして、それを遮るように、ふ、とリオルが笑った。
「…そんなことで私が、オマエを嫌いになると思っていたのか?」
「な、っならねえの…?」
「なるわけがないだろう。むしろ私は、今の話を聞いてもっと好きになったくらいだ」
「す、好き…?」
アルバートの胸が、高鳴る。
アルバートがリオルを見つめあげれば、その期待に応えるかのように、リオルは微笑んだ。
「…ああ。好きだよ、アルバート。私は、純粋で美しいオマエが、好きだ」
「…っ!」
ーーああ、どうしよう。
俺、この人のこと、…好きだ。
アルバートの瞳から、雫がぽたぽたと零れて、頰を伝う。
「俺、…Ωだから、迷惑かけるかも」
「迷惑だなんて思わない。オマエと一緒にいれるだけで、幸せだ」
「俺、…我儘で短気で、喧嘩っ早くて、嫌なことは根に持つタイプだよ」
「そんなことない。オマエは優しくて、思い遣りのある素晴らしい人間だ」
「っ俺、アンタが思ってるほど、綺麗な人間じゃないよ……汚いし、穢れてる。それでも、いいの…?」
「…何を言う」
リオルはアルバートの左手を救いあげると、薬指に口を寄せ、そっとキスを落とす。
「…私の目には、オマエが、アルバートが、世界一美しく見える」
は、と乾いた笑いが、アルバートの唇から零れた。
ーーなんてキザで、甘ったるい口説き文句。
本来ならば、夜景が見える高級ホテルで、シャンパンでも飲み交わしながら、男の人が女の人に言う台詞だろう。
少なくとも、こんな暗い森の中で、しかも同性にプレゼントする言葉ではない。
「…んだよ、それ」
ーーけれど、今まで貰ったどんなに高級なものよりも、嬉しくて、尊くて、愛おしい。
「わ、っ…!」
アルバートは、リオルの肩を掴んで自身から引き剥がす。
え、と寂しそうな声を漏らし、困惑するリオルを前に、アルバートは衣服のボタンを、上から順にぷちぷちと外していく。
「…ア、アルバート…?」
最後のボタンを外し終えると、アルバートはリオルの方へと手を伸ばした。
固まるリオルの頰に、そっと手を這わせる。
至近距離で、ガラス玉のような瞳に見つめられ、アルバートの胸がとくんと高鳴る。
「……リオル」
今にも、心臓が口から飛び出してしまいそうだ。顔に、熱が集まっていくのを感じる。
うるさいくらいに鳴る心臓を抑え、一つ深呼吸をし、意を決して、アルバートは口を開く。
「…俺も、アンタが好きだ。俺を、…アンタだけのものにしてほしい」
それは、アルバートが出来る精一杯の告白だった。
言い終えた後、アルバートはちらりとリオルを見上げて、思わず拍子抜けした。
人が精一杯告白したというのに、リオルはくすくすと笑っていたのだ。
「っ、おい、何笑ってんだよ…!」
「いや、その…ロマンチックな台詞だな、と思ってね」
「仕方ねえだろ、それしか思い付かなかったんだから!」
「そうだな、悪い悪い…ふふ」
「てめ、馬鹿にしてんだろ…!」
そうしてひとしきり笑った後に、ようやくリオルはアルバートの方へ向き直った。
服のボタンを外して待機していたアルバートは、むくれながらリオルを恨めしそうに睨みつける。
「…あーあ、折角いい雰囲気だったのに、リオルのせいで台無し」
「すまない、…つい」
リオルが本当に申し訳なさそうにするものだから、アルバートはもういいよ、とくすりと笑って、はらりと衣服を脱いだ。
「んじゃ、気ぃ取り直して、……はい」
アルバートの首元がはだけ、白いうなじが晒される。
アルバートは人差し指でとんとんとうなじの部分を叩くと、リオルを見上げる。
「確か、ココ噛んだら番になれんだっけ?」
「そうだ、フェロモンの発生源であるうなじを噛めば、番になることが出来る」
「……じゃ、噛んでよ。ココ」
アルバートが促すと、リオルはアルバートのうなじへと口を寄せる。
噛もうとして、最後に、確認するようにアルバートに尋ねる。
「…本当に、いいんだな?」
「…いいよ」
頷いたアルバートのうなじに、リオルの牙が突き立てられる。
アルバートが力んだ瞬間、鋭い痛みを伴って、皮膚を突き破り牙がゆっくりと中に入ってくる。
その瞬間、アルバートの身体の中で、何かが弾ける音がした。
続いて、溢れんばかりの幸福感が、波のように畝りながらやってくる。
「…痛く、ないか」
鋭い牙から血を滴らせ、リオルがアルバートに尋ねる。
本当は、酷い痛みで、気を抜いたら意識が飛びそうだった。
けれどアルバートは無理に微笑んで、リオルへと手を伸ばした。
その首に、するりと腕を回して、心からの笑みを浮かべる。
「…アンタが、与えてくれるものなら、…全部、っ嬉しい…」
「……そういうこと言われると、止まらなくなりそうだ」
「…っいいよ、滅茶苦茶にして」
感じたことのないような幸福感の中で、痛みと愛おしさでに気が狂いそうになりながら、アルバートはリオルの頰にそっと口付けた。
ともだちにシェアしよう!