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第13話

◇ ーー気まずい。とても。 ちらりとリオルの顔を見上げて、話し出す気配がないのを確認すると、アルバートの唇から小さな溜息が漏れる。 「じゃあ、お邪魔者は消えるから。後は二人で、ごゆっくり♡」なんて、ユーリが気を利かせて二人きりにしてくれてから、早数分。 二人の間にはずっと、沈黙が続いていた。 その間、アルバートは何度か口を開きかけて、すぐに閉じるという行為を繰り返していた。 伝えたい言葉は沢山あるのに、どう切り出していいものか、分からなかったのだ。 「……あの、リオル」 それでも、意を決してアルバートが言葉を発すれば、リオルが顔を上げた。 ガラス玉のような瞳と、視線が交錯した。 脈が、どくどくと早くなっていくのを感じた。 「……っえと、…ごめん、俺…その」 ーーそんなに、見つめないでほしい。 アルバートはリアルの視線から逃げるように俯いき、ぼそぼそと呟くように言葉を紡いだ。 「だ、黙ってたけど……俺、Ωなんだ。今、丁度発情期来てて…それで、あのっ…」 アルバートはぎゅっと拳を握り、上手く回らない舌をもどかしく思った。 ーー言いたいことはこんなにも沢山あるのに、上手に言葉にすることが出来ない。 不意に、リオルの手がアルバートの方へと伸びた。 驚いたアルバートが少し身を引くが、構わず片手は腰に、もう片方は首の後ろへと回される。 リオル、と戸惑いがちに呟いたアルバートの身体が、次の瞬間、一気にリオルによって抱き寄せられた。 「っ、な、何して…!」 「…どうして、言わなかった」 「えっ…?」 ぎゅ、っと強く抱き締められ、アルバートは困ったように、すぐ近くにあるリオルの顔を見上げた。 閉じられた眼を縁取る、長い睫毛。 その先に光る透明な玉に、束の間、アルバートの目は奪われる。 「…悩み事があるなら、打ち明けて欲しかった。オマエにとっての私は、…悩みも相談できないほど、頼りない存在だったのか?」 リオルの表情を見て、は、っとアルバートは息を呑んだ。 ーーそうだ。あの日、ユーリとのことを中々話さなかったリオルに、馬鹿にされているような気がして嫌な思いをしたのは、自分なのに。 それなのに自分は、リオルに同じことをしたのだ。 「…ごめん」 アルバートの瞳から、涙が零れ落ちる。 「でも、…怖かったんだ。もしかしたら俺、リオルに醜い姿を見せてしまうかもしれない、っそしたら…嫌われるんじゃないかって、思った。…アンタに、嫌われたくなかった」 言い終えてから数秒後、アルバートは、はっと唇を抑えた。 ーー嫌われたくない、なんて。これではまるで、愛の告白だ。 気持ち悪いと思われたかもしれない。 アルバートが慌てて弁明しようとして、それを遮るように、ふ、とリオルが笑った。 「…そんなことで私が、オマエを嫌いになると思っていたのか?」 「な、っならねえの…?」 「なるわけがないだろう。むしろ私は、今の話を聞いてもっと好きになったくらいだ」 「す、好き…?」 アルバートの胸が、高鳴る。 アルバートがリオルを見つめあげれば、その期待に応えるかのように、リオルは微笑んだ。 「…ああ。好きだよ、アルバート。私は、純粋で美しいオマエが、好きだ」 「…っ!」 ーーああ、どうしよう。 俺、この人のこと、…好きだ。 アルバートの瞳から、雫がぽたぽたと零れて、頰を伝う。 「俺、…Ωだから、迷惑かけるかも」 「迷惑だなんて思わない。オマエと一緒にいれるだけで、幸せだ」 「俺、…我儘で短気で、喧嘩っ早くて、嫌なことは根に持つタイプだよ」 「そんなことない。オマエは優しくて、思い遣りのある素晴らしい人間だ」 「っ俺、アンタが思ってるほど、綺麗な人間じゃないよ……汚いし、穢れてる。それでも、いいの…?」 「…何を言う」 リオルはアルバートの左手を救いあげると、薬指に口を寄せ、そっとキスを落とす。 「…私の目には、オマエが、アルバートが、世界一美しく見える」 は、と乾いた笑いが、アルバートの唇から零れた。 ーーなんてキザで、甘ったるい口説き文句。 本来ならば、夜景が見える高級ホテルで、シャンパンでも飲み交わしながら、男の人が女の人に言う台詞だろう。 少なくとも、こんな暗い森の中で、しかも同性にプレゼントする言葉ではない。 「…んだよ、それ」 ーーけれど、今まで貰ったどんなに高級なものよりも、嬉しくて、尊くて、愛おしい。 「わ、っ…!」 アルバートは、リオルの肩を掴んで自身から引き剥がす。 え、と寂しそうな声を漏らし、困惑するリオルを前に、アルバートは衣服のボタンを、上から順にぷちぷちと外していく。 「…ア、アルバート…?」 最後のボタンを外し終えると、アルバートはリオルの方へと手を伸ばした。 固まるリオルの頰に、そっと手を這わせる。 至近距離で、ガラス玉のような瞳に見つめられ、アルバートの胸がとくんと高鳴る。 「……リオル」 今にも、心臓が口から飛び出してしまいそうだ。顔に、熱が集まっていくのを感じる。 うるさいくらいに鳴る心臓を抑え、一つ深呼吸をし、意を決して、アルバートは口を開く。 「…俺も、アンタが好きだ。俺を、…アンタだけのものにしてほしい」 それは、アルバートが出来る精一杯の告白だった。 言い終えた後、アルバートはちらりとリオルを見上げて、思わず拍子抜けした。 人が精一杯告白したというのに、リオルはくすくすと笑っていたのだ。 「っ、おい、何笑ってんだよ…!」 「いや、その…ロマンチックな台詞だな、と思ってね」 「仕方ねえだろ、それしか思い付かなかったんだから!」 「そうだな、悪い悪い…ふふ」 「てめ、馬鹿にしてんだろ…!」 そうしてひとしきり笑った後に、ようやくリオルはアルバートの方へ向き直った。 服のボタンを外して待機していたアルバートは、むくれながらリオルを恨めしそうに睨みつける。 「…あーあ、折角いい雰囲気だったのに、リオルのせいで台無し」 「すまない、…つい」 リオルが本当に申し訳なさそうにするものだから、アルバートはもういいよ、とくすりと笑って、はらりと衣服を脱いだ。 「んじゃ、気ぃ取り直して、……はい」 アルバートの首元がはだけ、白いうなじが晒される。 アルバートは人差し指でとんとんとうなじの部分を叩くと、リオルを見上げる。 「確か、ココ噛んだら番になれんだっけ?」 「そうだ、フェロモンの発生源であるうなじを噛めば、番になることが出来る」 「……じゃ、噛んでよ。ココ」 アルバートが促すと、リオルはアルバートのうなじへと口を寄せる。 噛もうとして、最後に、確認するようにアルバートに尋ねる。 「…本当に、いいんだな?」 「…いいよ」 頷いたアルバートのうなじに、リオルの牙が突き立てられる。 アルバートが力んだ瞬間、鋭い痛みを伴って、皮膚を突き破り牙がゆっくりと中に入ってくる。 その瞬間、アルバートの身体の中で、何かが弾ける音がした。 続いて、溢れんばかりの幸福感が、波のように畝りながらやってくる。 「…痛く、ないか」 鋭い牙から血を滴らせ、リオルがアルバートに尋ねる。 本当は、酷い痛みで、気を抜いたら意識が飛びそうだった。 けれどアルバートは無理に微笑んで、リオルへと手を伸ばした。 その首に、するりと腕を回して、心からの笑みを浮かべる。 「…アンタが、与えてくれるものなら、…全部、っ嬉しい…」 「……そういうこと言われると、止まらなくなりそうだ」 「…っいいよ、滅茶苦茶にして」 感じたことのないような幸福感の中で、痛みと愛おしさでに気が狂いそうになりながら、アルバートはリオルの頰にそっと口付けた。

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