2 / 12
認識
三歳が振り返ると、そこには目を疑うほどに美しい青年がいた。
「何してんの?」
眉をひそめる青年に、三歳は黙りこくることしか出来なかった。
三歳は自分自身の行動に驚いた。自分はいったい、何をしようとしたのか。川の急流と闇に誘うような濁った色をもう一度見下ろし、ひどい恐ろしさに震えた。動揺が収まらず、その場に塞ぎこむ。
「おい、大丈夫かよ。」
青年は再び三歳の右腕をぐっと掴むと、立ち上がらせるように、自分の胸元へと引き寄せる。
イケメンの顔が急接近し、三歳は真っ赤になって、慌てて距離をとる。
「だ、いじょぶ、です。」
なんとかそれだけ告げて、三歳は走り去った。
見ず知らずだったその青年と再開したのは、それから3日後のことだった。イケメンの青年が三歳のバイト先であるスポーツクラブに、新規入会を希望しに来たのだ。
三歳を見てもあまり反応がなかったため、初めはひょっとして別人なのかもしれないと思った。しかし三歳は、これほどまでのイケメンを見間違えるはずがないと思い直す。
その青年は名を柳下 と言った。
「では、柳下さん、手続きは以上です。
ジムは本日からご利用頂けますよ。」
柳下は相変わらず、三歳のことを認識しているのかしていないのか、わからなかったが、三歳は努めて普段通りに仕事をした。
「どうも」
柳下の返事に三歳はニコリと微笑み返す。やり取りを終えて、すぐに立ち去ると思われた柳下がなかなか立ち去らず、三歳は不思議に思ってその整った顔を見上げる。
「元気になったんだな。」
柳下が唐突に笑みを浮かべ三歳を見下ろす。
柳下に認識されていたことに、嬉しいような、恥ずかしいようなきもちになった三歳は、すぐに目を反らしてうつむいた。
「あ、ありが、とう。」
先ほどまでそつなく話していたというのに、柳下に認識されていたと知ったとたん、三歳は会話もままならくなった。
「うん。そんじゃ、これから宜しく。」
真っ赤な三歳とは対照的に、柳下はスラスラと言葉を紡ぎ、数秒と間を置かず立ち去ってしまった。
それからと言うもの、三歳と柳下は度々スポーツクラブで顔をあわせるようになった。柳下は律儀にも、三歳を見かける度に声をかけ、調子はどうかと訊いてくる。
時が経つにつれ、三歳は柳下に特別な思いを寄せるようになっていった。
ともだちにシェアしよう!