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恋慕
それから数週間たち、柳下ともすっかり顔馴染みになった。その日も三歳は、スポーツクラブに訪れていた柳下と顔を会わせて会話していた。
「お、沢田くんじゃん。」
三歳は柳下に呼ばれて振り返る。
「柳下さん!今日もいらしたんですね!
調子はどうですか?」
この頃、三歳は聖夜のことはあまり考えないようになっていた。昨日も三歳の食事でもしないかという連絡に対して、聖夜からお茶を濁すような煮え切らない返事が来ていた。
少し前の三歳なら、それだけのことで軽く落ちこんだりしたのだが、柳下と出会ってからは稀になっている。
「通い始めると楽しいもんだな
沢田くんは?相変わらず元気そうだけど?」
柳下にとっては挨拶みたいなものなのだろうが、会うたびに気にかけてもらえることが、三歳には嬉しくてたまらなかった。
三歳のそれが恋慕だと、自覚するのはすぐだった。
思いを告げる気などないが、柳下のことは自然と目で追い、会えない日にも思い浮かべてしまうほどだ。それほどの恋情を抱いていることに、三歳は面映ゆい嬉しさと少しの焦りを覚えていた。
こんな気持ちは誰にも明かすべきではない。決して楽しいものなどではない。焦りこそ覚えて然り、嬉しさなど抱いてはいけない。三歳は感情を隠すように、ぐっと両の手のひらを握りしめた。
その夜、どうしたものかとベットに横になっていると、スマホに電話の着信があった。
表示を見ると聖夜からで、三歳は深く考えずに通話をタップした。
「もしもし三歳?
今話したいんだけどちょっといいかな?」
聖夜の用件は、やはりと言うべきか、薫についてのことだった。
「三歳はさ、僕と薫との関係をあんまり良く思 ってないでしょ?それでさ、ちょっと距離を置きたいなって思うんだけど、どうかな?」
聖夜の言葉に三歳は驚くばかりで、なにひとつ、返事など出来なかった。
距離を置きたい、それも、いつまでとはっきり決めた訳じゃない。きっとこれから先、
ずっと。
良き幼なじみだと思っていたが、三歳のような存在は聖夜にとって、聖夜と薫のふたりにとって、邪魔なものだったようだ。
どうやって会話を終わらせたのか、気がつくとスマホには通話終了の通知が出ていた。
三歳はわけも分からず、着の身着のまま外に出て、フラフラと例の川辺へと向かった。
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