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強引

とある休日、三歳がスーパーで買い物をしていたときのことだった。残りひとつの安売り豆腐を取ろうと伸びた手が、見知らぬ誰かの手と重なった。慌てて「すみません」と呟きつつ、目を合わせると、それは三歳のために救急車を呼んでくれたあの見知らぬ男性だった。 「あぁ!元気になられたんですね!良かったー!」 裏表のないひと好きのする笑顔に、性格の良さが窺える。その明るさが、今の三歳には辛く感じられた。 「どうも」 柳下はこの人のこういうところを好きになったんだろうか。三歳のように、ちっぽけなことでひどく落ち込んだりはしないのだろうか。 三歳は考えてもどうしようもないと思いつつも、気分が沈んでいくのを止められなかった。 その様を見て何を思ったのか、見知らぬ男性はうってかわって静かな声で告げる。 「すみません、柳下から少し話を聞いていて、勝手ながら気になっていたんです。」 やはり、その気遣いを素直に受け入れられない三歳は、言葉を返さず目線だけで礼をする。 「僕、橋本(れい)っていいます!もしよかったらこの豆腐、分けませんか?」 安売りの豆腐は4つで1パックだった。ひとり暮らしの三歳にとって、それはありがたい提案だったが、今日はとても受ける気にはならなかった。 「いや、豆腐はいらな」 「いい手ですよね!さっ、いきましょ!」 橋本はまるで断られることを見越していたように、強引に話をすすめる。てっきり、スーパーの店先で分けるものだと思っていたが、気づくと橋本が暮らしていのであろうアパートの前まで来ていた。 「どうぞ上がってください。」 玄関で靴を脱ぎながら、ドアの外側に立つ三歳を振り返る。 「いえ、ここで待ってます。」 堅い表情でそう告げる三歳に橋本は苦笑いを浮かべる。部屋の奥へと入っていく橋本をぼんやりと眺めながら、欄干に背でもたれる。 どうしたものかと階段の方を見やったとき、階段を上ってくる人物がいた。男だ、一段あがるごとに姿が明らかになっていく。三歳は男の明るい髪色に見覚えがあった。どこで見かけたのか、三歳がそれを思い出すのと男の顔が現れるのは同時だった。 「あれ?沢田くん?」 三歳に気づいて笑顔で声をかけたのは柳下だった。

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