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嘲笑

それからまた数日後、橋本玲は例の最初に沢田三歳と出会った橋の上まで来ていた。 玲にとって、三歳は自分に似ていて、至極わかりやすい人物であった。それ故に構いたくなり、余計なお世話をやいてしまう。豆腐を分けようと強引に家に誘ったあの日、ふたりでじっくり話すつもりだった。 「竜のやつめ。」 なんて文句を言っても、状況は変わりはしない。 寂しがりで、そのくせ弱味を見せるのが嫌で、抱え込んでは抱えきれなくなり、どうしようもなくなる。 玲はあの日、三歳の竜への叫びを聞きながら、玲と三歳の違いは、ずる賢さがあるかないかだと思った。 三歳はまっすぐなのだ。どうしようもない思いを抱えて、壮絶な絶望と自己嫌悪を抱きながらも竜にその思いを告げた。 一方で玲は、ずるい男だ。どうしようもなくなったとき、まっすぐでなんていられない。自分が求める相手なら、まわりくどく、絞め殺すように囲ってやる。 今日だってそうだ。 「やぁ、その後どうかな?」 玲は橋に立ちすくしていた人物に声をかける。 その声に先客は振り返り、玲を認めるともう一度川を見やる。三歳だ。 「あのね、三歳くんには言っておきたいことがあるんだよ。」 予想通りの怪訝な横顔に、玲は思わず不敵な笑みを浮かべる。三歳は、表情ひとつ変えず、次の言葉を待つ。 「竜は、僕の恋人だから。」 三歳はなおも、表情を変えないままにうつむいた。 「あーあー、やだなー、ひとの恋人に手ぇだしちゃって。わかってるくせに告白とかしちゃうんだもんなー。ほんと、」 三歳はこらえきれない、というような様子で振り返ると、怒りと悲しみがないまぜになった面持ちで玲を見つめる。 「そんな、こと、」 三歳の言葉をさえぎり、玲は言葉をつづける。 「そんなこと、分かってる?ほんとかな?」 言葉を返せない三歳に、少しの間を置いて玲は言葉を続ける。おもむろに怒りを交えながら、確かな響きをもって言葉を紡いだ。 「...まだ好きなんでしょ?」 これまでにない玲の態度に、三歳はあのときのように呻き声をあげながら、しかし叫ぶこともなく、静かに、涙を流していた。 ひたひたと泣き続ける三歳を、玲はじっと見つめ続けた。その目はやはり冷ややかだった。 三歳なんて、構うことはなかった。 わざわざ操を立てさせて泣かせることなんて、しなくてよかった。こんなやり方でわざわざ攻撃しなくてもよかった。 玲がこうしたのは、三歳への嫉妬と心配。 玲が怒りを覚えたのは三歳ではなく、竜にだった。ひとを放って置けない竜が、だれかれ構わず気にかけて、優しい声なんてかけるから、こんな風に弱い奴がひっかかる。 まっすぐな三歳と違い、玲の思考は後ぐらい。 ひょっとしたら、竜が三歳を好きになるかもしれない。まずあり得ない話だが、その懸念が無かったわけではない。 泣き続ける三歳を見て、この子に釘を指したのは、やはり自分の狡さだと玲は自覚する。 玲は自分の冷酷さに心が冷める一方で、そんな自分も嫌いではないと嘲笑した。

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