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沈黙

結局、あれから三歳と柳下が面と向かって話を出来たのは、橋本のお膳立てがあってのことだった。 三歳はあれから、 橋本のことも柳下のこともそれとなく避けていたのだが、今日ついに橋本に捕まってしまった。 今は柳下とふたりで、とあるカフェの窓際の席で向かい合っている。届いた三歳のホットコーヒーが冷めてしまうほどに沈黙が続き、気まずい空気に耐えかねている状況だ。 そんな折、隣の席に座っていた客が店を出て、ふたりの話し声が聞こえる距離にひとがいなくなった。 すると柳下がおもむろにカップを持ち上げ、紅茶をひとくち飲みこんだ。そして、カップを戻してようやく話はじめた。 「沢田くん、返事をしたい。」 三歳は、切り出しかたがなんとも柳下らしいと思った。いきなり告げるでもなく、誤魔化すでもなく、ひとつ間を置いて、けれど着実に告げるべきことを告げる。 「俺は君のことを、好きじゃない。君じゃなく、玲のことが、好きなんだ。」 三歳は手元のコーヒーから目を離さず、黙って聞いた。 それきり、また三歳も柳下も言葉を発しなかった。お互い、カップが空になるまで、ただ黙って相手と過ごした。 いよいよカフェに居る糧もなくなり、ふたり揃って店を出た。 店から少し離れた静かな橋の上で、立ち止まる。 そこで三歳はようやく声を出した。 「すみませんでした。」 柳下は何を言っているのか分からないと言うように、三歳を見つめる。 「橋本くんのこと、知ってて、好きだとか言ってしまって、おふたりの時間を奪ってしまって、ほんとに、」 「何言ってるんだよ?」 もう一度、すみませんと謝ろうとした三歳の言葉を、柳下は制止した。 「確かに、他人の恋人奪うなんてよくないけど、玲も俺もそんなことで靡いたりしない。 むしろ玲なんて、ちゃんとフラれろとかって宣戦布告するんじゃないか?」 三歳は、橋本が今言ったとおりの行動をしていたと思い出した。柳下の橋本への理解の深さを目の当たりにして、もはや笑えてきた。 「それに、俺も玲も沢田くんのこと心配してんだ。時間を奪われたなんて思ってない。」 三歳はいつかのことを思い出していた。 邪魔をするな、ふたりの仲を優先しろ、そんな風に言われて傷ついたのは、何故だろうか。 自分の居場所が、無いような気がしたからだろうか。 今になって考えてみると、居場所を無くしてしまったのは三歳自身だったのかも知れない。ふたりの事を考えられていなかったのではないだろうか。 聖夜に、あんな風に言わせたしまったのは、三歳なのではないだろうか。 そう考えて三歳はなんだか吹っ切れたようだった。 柳下の方に向き直して、三歳は言う。 「橋本くんが言ってくれたんです。僕には友達が必要なんだよって、仲良くなりたいんだから、ちゃんとフラれてきなよって。」 柳下は呆れたように顔を歪ませながらも、黙って聞き続けた。 「...しばらくは無理だと思います。 けどいつか、友だちに、 なれたらなって、 そう思ってます。」 ゆっくりと話す三歳の言葉を、柳下は最後まで聞いていた。頷いて、またしばらく沈黙した後、これで最後だと言うように、三歳の目を見つめて告げた。 「まぁ、とりあえずは、沢田くんが生きてればそれでいい。」 三歳もまた、柳下を見つめ返ししっかりと頷いた。 そして柳下が帰路につくのを見送って、三歳は歩き出した。行く先はあの橋だ。川沿いを歩いて、柳下と出会った、橋本と出会ったあの橋の上へ行く。 たどり着いた橋の上で三歳は流れを見おろした。ただ流れを見つめ、頬を伝う涙に気付かないフリをして、音もなく立ち尽くした。 三歳はただ、ただ、その場で泣き続けるのだった。

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