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第5話

 匂いがどんどん強くなってくる。息苦しいほどの、むせかえる香りだ。吸いこむと皮膚から臓腑から、煮えるように熱くなっていく。ロンロも全身が震えだした。  今まで発情期を迎えたことのなかった未熟な身が、どうした訳かこの香りには反応する。痺れるような、濃厚な香気。官能というものを全く知らないロンロでさえも、強制的に情欲を引き出されるかのような――。  ドクン、と心臓が大きく鼓動した。  同時に、身体中が寒気に襲われたかのように痙攣し始めた。手足がぶるぶるとおののき、息が苦しくなる。腸がひっくり返ったように暴れ出す。そして、血が全身を駆け巡り、汗が大量にふき出てきた。 「――あ」  発情だ。  ヒートがやってきたんだ。  生まれて初めての、発情が――。  けれど、これはきつすぎる。全神経と、肉と血が、いっせいに性に目覚め狂い出す。こんなの、頭がおかしくなってしまう。  暗闇の中、他のΩたちも呻き声を立て出した。白金狼のフェロモンが、まるで毒のように身を侵し始めている。全員、身をよじり首をかきむしり、手足をバタバタさせた。 「欲しい……欲しいよ、犯してよぅ……こんなの、イヤだあ、苦しいよ……っ」  床を転がりながら泣き叫ぶ。ロンロは自分の後孔から、何かが流れ出すのを感じた。トロトロとした感触は、発情に伴って発生するΩ独特の体液だ。身体が勝手に、犯される準備を始めている。  目をギュッととじて、床に寝転ぶと、地面から振動が伝わってきた。沢山の獣の足音。狼族の兵隊が、街に到着している。  彼らはきっと、まず、街の入り口にあるとざされた門の前から、領主に門をあけるように言うのだろう。そして怯えた犬族の領主が門をあけると、全てのΩを差し出せと命令するだろう。同時に、狼の軍は街中を駆けて、隠れている犬族Ωを探し始めるのだ。  やがて街の全てのΩ犬が、発情期の白金王のフェロモンにあてられて死滅する頃、王はこの町には運命の番はいなかったと悟って、次の都市へと移動するのだろう。  彼の運命の番が見つかるまで、この蛮行は終わらない。  欲情で朦朧とした頭で、ロンロは自分はいつまで生きていられるのだろうかと考えた。  生まれてから今日まで十八年間、誰かに愛されたことはない。愛したこともなかった。物心ついたときに奴隷商人からここに売られて、ずっと下働きだけをしてきた。街から出たこともないし、孤児だから家族もない。  チビで貧弱で、見た目もよくなくて、いつも邪魔者扱いされていた。それでも生きていられるだけましだと思っていた。なのに、今、愛情も知らぬまま、ここで見知らぬ狼の欲望に、番を求める本能に、虫けらのように殺されなければならないのか――。 バキバキッと木の扉がきしむ音がした。そして、ガンカンッと叩く音。  驚く四人の前で、蝶番がはじけ飛び、扉が砕かれる。  あけ放たれた入り口から、ランタンを口にくわえた大きな狼が一匹、部屋に入ってきた。 「ここにもいたぞ」  その後ろから、わらわらと狼兵たちが続いてくる。見るからに立派な体つきの狼の群れが目を光らせてこちらに迫ってきた。

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