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第10話 王都へ

 王都の北にある、狼城の石造りの窓から眼下を眺める。城下町は故郷の街よりも何倍も立派で、人が多く賑わっている。そこに住むのは全て狼族だ。   ロンロは、刺繍が大量に施された重い胴衣に、耳飾りや首飾りをつけて、さらにヴェールをかぶり、窓のそばの椅子に腰かけていた。  目の前のテーブルには、菓子や果物が大量に盛られている。 「ロンロ、食べないの?」  傍らの椅子に座っているララレルが、菓子をパクパク食べながらきいてくる。 「……うん。いいよ、もうお腹いっぱい」  身体の小さなロンロは、食事量も少ない。さっき朝食を終えたばかりなので何も食べたくはなかった。 「しっかし、狼族の暮らしってのは、贅沢なんだねえ。俺も娼館でそれなりの暮らしをしてきたつもりだけど、ここの豪華さは比べものにならないよ」  ララレルが部屋を見渡し、やれやれと首を振る。ふたりが今いる部屋は、贅沢な趣向を凝らした飾りつけがなされている。王妃となるべく、この国に連れてこられたロンロのために用意された、城内の居室だった。  犬族が暮らす街で、ロンロが王に見初められてから、一ヶ月が経っていた。  娼館での出来事の後、王は数日間ロンロを休ませ、その後馬車に乗せて自分の国へと運んできた。  出発当日、ララレルはロンロのもとにやってきて言った。 『僕も連れてって』  ロンロの両手を握って、瞳を潤ませる。 『友達だった君と別れるのはさみしいよ。それに君だって、狼の国にひとりでいくのは不安だろ? 僕がついてって助けてあげるよ』  ララレルがこんなにロンロに優しくしてくれるのは初めてのことだった。素直なロンロは感激して、「ありがとう」と頷いた。  知らない国にひとりでいかなければならないのは不安だし、狼たちはロンロを嫌っている様子だ。だったら、友達がいてくれれば心強い。王が反対しなかったので、ロンロはララレルも一緒に狼国に連れてきた。ララレルは今、従者としてロンロについている。 奴隷だったロンロは、人つきあいの方法も、礼儀作法も何も知らない。その点、娼館でも売れっ子だったララレルは処世術にも長けていて、何かとアドバイスをしてくれる。ロンロよりもお妃にふさわしいほどの働きぶりを見せてくれているのだった。  ふたりで狼国について話をしていたら、部屋の入り口に誰かがやってきた。 「ロンロ」  呼ばれて振り向くと、白金王が立っている。  今日の彼は、ヒトの姿をとっていた。白金色のまっすぐな長い髪に、同じ色の耳。瞳は銀色、背は高く、顔立ちは眉目秀麗なうえに優しげで魅力的だ。歳は二十三と聞いているが、落ち着いた物腰と、威厳に満ちた雰囲気はとてもその歳には見えない。王に相応しい貫禄があった。 「おはようございます、陛下」  ララレルと共に椅子から立ちあがって挨拶をする。王はロンロのもとにやってきて灰色の髪を撫でた。 「私のことは名前で呼ぶようにと言っただろう。グラング・ロドリング。それが私の名だ。そなたはもうすぐ私の妃になるのだから」   「はい。……グラング」  言われたとおり、少し遠慮がちに名を呼ぶと、グラングは満足げに微笑んだ。 「どうだ、ここでの生活は。慣れたか? 何か不都合があれば、私に直接言うのだぞ」  王自らの勧めに、ロンロは恐縮しつつ頷く。 「はい。とても恵まれた生活をさせてもらっています。何も不満はありません」  美味しいものをお腹いっぱい食べさせてもらい、寝床も服も与えられている。これ以上望むものはない。 「そうか。ならばよかった」  ここに来てからというもの、グラングはロンロのことをとても大切にしてくれている。身体を気遣い、いつも優しい言葉をかけてくれる。初めて会ったときは怖い人なのかと思ったが、発情していないときの彼は穏やかで物静かな王だった。 「陛下、そろそろお時間です。謁見の間に人々が集まり始めております」  すぐそばに控えていた家臣が声をかける。 「ああ、わかった」  グラングはそう答えると、ロンロの髪にかるくキスをした。 「夕刻にまた来る」  光り輝く笑みを見せてから、部屋を去る。ロンロはその美しさにボーッとなった。

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