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第16話

「私の母は、私が幼いときに病で死んだ。私には父と三人の兄がいたが、私が十三歳のときの、隣国との戦で皆、死んだ。王家の白金狼は私ひとりとなった」     明けゆく東の空に顔を向け、静かな声で語り出す。 「別に、今の生活や地位に不満があるというわけではない。臣下らは優秀で、いつも私のことを気遣ってくれる。だが、それがどうにも煩わしいと感じてしまうときもある。私のためにとわかってはいるのだが。彼らの本心が見えぬときは私も苦しむ。そんなときはここにきて、心を平安に保つようにしている」 「……」 「発情期が訪れるようになってからは、発情に襲われるたび、この奥の洞窟に籠もってひとりで苦しみに耐えたものだ」  丘の背後にも、森は広がっている。 「いつか出会うであろう、運命の番を夢見て」  ロンロはその言葉に、申し訳なさを感じた。 「すいません、その番がこんなんで」  シュンと項垂れると、グラングが口角をあげて、垂れた耳を甘噛みした。 「お前は自分が犬であることを気にしているようだが、私にとってそれは些末なことだ。狼であろうが犬であろうが関係ない。大切なのは、番になった相手が信頼できるかどうかだ」 「……グラング」 「お前は小さな身体で、私の発情によく耐えてくれている」  王の言葉には、人を見た目や種族だけで判断しない寛容さがあった。狼族の頂点に立つ人らしく、聡明さと慈悲深さも感じられる。  憧れの眼差しで見あげると、グラングはふっと笑った。 「こんなこと、誰にも言ったことはないのに。ここに連れてきてしまったから、つい色々と喋ってしまった」  話す相手の口の中に、違和を感じて、ロンロは中をじっと見つめた。上顎に大きな傷がある。 「グラング、口の中に穴が」 「ああ」  グラングがロンロによく見えるように、口を大きくあけた。 「十三の戦の時に、矢で射られたものだ。運よく上顎から後頭部に鏃が抜けて、死ぬことはなかったが。十日ほど意識がなかった」 「そうなのですか」  聞いているだけで、寒気がくる話だった。 「僕も、傷は身体に一杯あります。ふさがっても、いつまでも痛みが残っているものもあるから、雨の日はジクジクするんです」  幼いときから鞭で打たれたり、蹴られて骨を折ったり傷は絶えなかった。そのことを伝えると、グラングは鼻に皺をよせた。 「そうか。では、ずっと戦ってきたのだな、お前も」  そして、静かに囁いた。 「痛みを共有できるΩでよかった」  クンクンされて、ロンロも目を細める。 「お前は可愛い」  愛おしくてしょうがないというように、顔を舐め回された。 「グラングは目が悪いのですか?」 「何?」  舌をピタリととめる。 「だって、僕みたいなブサイクのことを、いつも可愛い可愛いって……」 「……」  グラングは困惑したように、じっとロンロを見おろしてきた。その顔はいささか怒っているようにも見えた。もしかしてものすごく失礼なことを言ってしまったのか。 「王に向かってそんなことを言ったのは、お前が初めてだ」 「す、すみません」  やはり無礼なふるまいだったのだ。  しかし、ロンロが慌てると、グラングは面白そうに笑った。 「お前は嘘がない」  そして前足で、ロンロの身体を転がした。腹を見せる恰好にさせられる。 「まあいい。上辺だけ綺麗な言葉を吐いたり、取り繕ったりするΩが私の妃でなくてよかった。お前といると、私も素になれて楽しい」  今度は、腹をペロペロと舐めてきた。 「く、くすぐっ……たい、ですっ」 「またいい匂いがしてきたな」  グラングは、ロンロの性器を見つけると、そこにパクリと噛みついた。 「あ、ん、やだっ」  キャインと身を跳ねさせる。けれどその気になってしまったグラングは離れてくれない。  朝日が昇る温かな丘の上で、ふたりは獣の姿のまま、長い時間じゃれあっていた。

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